2006年08月31日
大天使 ウリエル
今朝は大天使ウリエルについて調べてみると、すばらしい助言に導かれると感じました。そこでフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を開くとこんなことが記されていました。ウリエル(Uriel, אוּרִיאֵל 「我が光は神(el)」, ティベリア式ヘブライ語 ʾÛrîʾēl ウーリーエール)は、旧約聖書や新約聖書の外典・偽典である『エノク書』や『ペトロの黙示録』などに登場する天使で、アウリエルとも呼ばれる。ウリエルはミカエル、ラファエル、ガブリエル等とともに四大天使に数えられ、最も有力な天使であった。名の意味は「神の光」で、これは「神の炎・火」に由来する。
大天使(アークエンジェル・Archangel)としてのウリエル
一般的な大天使ウリエル
大天使はキリスト教・イスラム教で7人とされているが、そのうち3人は異なっている。 しかし、残りのミカエル(ミカール)、ラファエル(アズリエル)、ガブリエル(ジブリール)、ウリエル(イスラフィール)の4人は一致している。 彼等は天使の9階級の中で8番目の軍団でありながら、最も大きな権威と権力を持つ。 これは、より高位で神に近い天使ほど、より霊的で非物質的な存在になり、低位な天使であれば、物質世界に近づくことが出来るという、ユダヤにおける、宇宙の階層性に基づいたものだといえる。 つまり、より人間達に関わる機会の多い天使はより物質世界に近づくため低位な階級を持っているのである。

グラストンベリー聖堂のギフトショップにあった大天使ウリエル
『エノク書』におけるウリエル
エノクはウリエルを7人の大天使の長であるとした。
太陽の統率者
ウリエルはミルトンの失楽園で太陽の統率者と呼ばれ、太陽の運行を司る天使として登場する。また『エノク書』では、天における全ての発光体と地上の運行、気象を司る天使とされている。
予言と解釈を司る天使
『第2エズラ記』において、ウリエルはヘブライ(ユダヤ)の預言者、エズラが見た幻視の意味を説明する。また、ノアに大洪水が迫っていることを報らせたのも、預言の天使の帽子をかぶったウリエルだったという。
ウリエルの担うその他の役割
• ウリエルは『ヨセフの祈り』の中ではヤコブと格闘した天使とされている。
• 彼は作家にインスピレーションを与える存在で、そのため本と巻物が象徴(下記参照)とされている。
称号 神の炎
役職 太陽の運行と人の魂の守護者
シンボル 焔の剣・盾、又は、本、巻物
エレメント 地
方位 北
霊力 感受
美徳 堅忍
ヨセフの祈り
G41・16 「ヨセフの祈り」 88.7.19 No.78
41:16 ヨセフはファラオに答えた。「わたしではありません。神がファラオの幸いについて告げられるのです。」
二人の高官が同じ牢獄に入ってきて、不思議な夢を見た時も、ヨセフは「神が解決して下さいます。私に話して下さい」(40・8)と答えている。またファラオに対しては、「神がこのことを既に決定しておられ、神が間もなく実行されようとしておられるからです」(41・32)と答えている。ダニエルはバビロンのネブカデネザル王の夢を解き明かすとき、「しかし秘密をあらわすひとりの神が天におられます」と答え、祈りの人ダニエルもまた国を治める者として王に召しかかえられた(ダニ 2・28)。
ヨセフはファラオに答えて言った、「私ではなく、神がファラオの繁栄をお答え下さるのです」と。祈りによって神につながっている者でなければ、このように神の名を持ち出し、神の解決があることを確信をもって語ることはできない。
不思議な夢、不可解な出来事に出会っている人が、〈これはどういうことでしょうか、私は悩んでいます〉と言ってきたときに、信仰者は〈それは神の秘密です。神が御言を示して下さるでしょう〉と祈る。信仰者が神の解決を確信し、その人のために祈ることができなければ、誰が正しく神を伝えることができよう。信仰者は祈って答える人である。
「私ではなく、神が...」とヨセフは答える。人間の側には何の解決もない。祈る人はその事を身にしみてわかっている。しかし、それ以上に「神さまが...」と神が秘密をあらわして下さることを知っている。しかも王のためではなく祈る者のために、私だけにはっきりと示して下さる恵みを確信する。〈神さま、この事を今、このわたしに示して下さるのですね〉とどんな状況にあっても神の恵みに生きることができる。
ファラオは奇怪な夢を見た。「ファラオはひどく心が騒いだ」と聖書は書き記す。人は神が不安を与えたもうことに気づかない。魔術師や賢者を呼び寄せても、「ファラオに解き明かすことがえきる者はいなかった」と神は祈る者の外には秘密を閉ざされる。解き明かしは祈りの人にゆだねられる。
そ の人のことは2年の間、闇の中に忘れ去られていた。この時、もう一人の男の心が騒いだ。かの給仕役の長である。彼の内に、2年もの忘恩の痛みが走った。 あゝ、なんというあやまちをしていたのだろう、と。しかし、この時、祈りの人は歴史の表舞台に登場する。神の御手は人の忘恩を必要とし、そして静かに働い ていた。
『祈り』
私ではなく、あなたが秘密を明らかにして下さいます。私は祈って待ちます。この私を通して何をお示し下さいますか。

すごいです。やっぱり調べてよかった!
2006年08月30日
Responding Love
今朝はそろそろ秋の訪れを感じさせられるような、
足元がひんやりとする感じです。
私の体のアンバランスな部分は腎系に関係していていると、意識してきました。
私は暖めることが大好きだからです。
こんなことをいうと、だれか「それは腎系ではなく、
云々」といわれそうですね。
詳しいことはわからないけれど、
ずばりいうと、私は温泉族であったかいお湯に浸かると、
癒されるのです。
そんなことで家のお風呂に入ることはまずなく、
何ヶ月も使ったことがありません。
たまに水を流して清める程度のお風呂です。
最近、岩盤浴というのやらも流行っていて、
時折、入ってみるのですが、
使っている岩石やなんやかんやの条件で、
いろいろ効果は違うことがわかりました。
さて、なかなかお湯をはったことのない自宅の湯船に使って、
今朝はじっくりと、自分が浸かりたいものは何かと考えてみました。
温泉
岩盤浴
倍音浴と、このようにいろいろ自分の好きなことが湯船の中に浮んできました。そうだ、いま浸かりたいのは自分の声、
歌ってみよう自分の好きな歌♪♪♪
秋の気配とともに、何かクリエーティブな自分が強く感じられるのと同時に、様々な扉からおいでおいでをされているようで、今までの創造の扉から新しいドアへと導かれるような気がします。
さて、夏羽さんからこんなコメントをいただきました。
肺いっぱいに息をするためには、空気を吸うことを求めるよりも、思いっきり息を吐くと、自然に空気は入ってくる。
気張って、力んで愛を探す、愛を選ぶよりは、愛が住む場所を作る、道を整える、そうすれば愛は自然に流れてくるのではないかな、とふと思いました。
まさにそのとおりですね。ヨガの呼吸と同じように思考もシリンダーのように空っぽになったところは、自然に満たされます。そこに何が注ぎ込まれるか、それを見つめてみようということを表現しました。
「気張って」「力んで」というのはあなたの投影にしかほかならないのです。
「愛を選択する」というのは大切な行為であり、
この一瞬一瞬に「愛」か、それとは逆のもの、
つまりつきつめると「恐怖」かのどちらかを私たちは選択しているということは、
いろんな本の中でいわれてるとおり、いうまでもありません。
そして「愛を選ぶ」なら、あなたのいうとおり、
愛が住む場所を作る、道を整える、そうすれば愛は自然に流れてくるという運びとなるでしょう。
それが流れてくるときは、無意識でも必ず愛がそれ以前に選択されています。
そう思われませんか?
恐怖を選択しないで、愛をこの一瞬一瞬に選択しているか、どうか、これは自分にしか見えません。
愛に応えること
自分はどうしたら愛に応えられるか、
これを考えることは大切です。
さもなければ、ずっと同じ場所に留まることになります。
もっと自分の意識が拡大されたところで愛を見つめると、
また、ちがった形が見えてくるのではないでしょうか。
かぎりない愛の側面を私たちは知ることができます。
コンスタントに愛を選択することもできます。
これがわかるために私たちはさまざまな経験をえらびながら、
この人生を生き抜いていくのです。
あなたにとってこのような、たとえば「生き抜いていく」という
ニュワンスが努力や力みのように受け取れるのであれば、それはあなたです。
人生は流れるような自然な計らいではないからこそ、それを学ぶためにここにいるのです。
この三次元は両極性なので、道教(TAO)などのフィロソフィーが生まれたのでしょう。
逆の現実があるから、そのことを教える叡智があるのです。
両刃の剣のように陰も、陽もどちらも大切です。
そして「努力して生き抜く」という人間の態度は、
無視されることなく、尊ばれるべきだと思います。
とくに今という時代には・・・
足元がひんやりとする感じです。
私の体のアンバランスな部分は腎系に関係していていると、意識してきました。
私は暖めることが大好きだからです。
こんなことをいうと、だれか「それは腎系ではなく、
云々」といわれそうですね。
詳しいことはわからないけれど、
ずばりいうと、私は温泉族であったかいお湯に浸かると、
癒されるのです。
そんなことで家のお風呂に入ることはまずなく、
何ヶ月も使ったことがありません。
たまに水を流して清める程度のお風呂です。
最近、岩盤浴というのやらも流行っていて、
時折、入ってみるのですが、
使っている岩石やなんやかんやの条件で、
いろいろ効果は違うことがわかりました。
さて、なかなかお湯をはったことのない自宅の湯船に使って、
今朝はじっくりと、自分が浸かりたいものは何かと考えてみました。
温泉
岩盤浴
倍音浴と、このようにいろいろ自分の好きなことが湯船の中に浮んできました。そうだ、いま浸かりたいのは自分の声、歌ってみよう自分の好きな歌♪♪♪
秋の気配とともに、何かクリエーティブな自分が強く感じられるのと同時に、様々な扉からおいでおいでをされているようで、今までの創造の扉から新しいドアへと導かれるような気がします。
さて、夏羽さんからこんなコメントをいただきました。
肺いっぱいに息をするためには、空気を吸うことを求めるよりも、思いっきり息を吐くと、自然に空気は入ってくる。
気張って、力んで愛を探す、愛を選ぶよりは、愛が住む場所を作る、道を整える、そうすれば愛は自然に流れてくるのではないかな、とふと思いました。
まさにそのとおりですね。ヨガの呼吸と同じように思考もシリンダーのように空っぽになったところは、自然に満たされます。そこに何が注ぎ込まれるか、それを見つめてみようということを表現しました。
「気張って」「力んで」というのはあなたの投影にしかほかならないのです。
「愛を選択する」というのは大切な行為であり、
この一瞬一瞬に「愛」か、それとは逆のもの、
つまりつきつめると「恐怖」かのどちらかを私たちは選択しているということは、
いろんな本の中でいわれてるとおり、いうまでもありません。
そして「愛を選ぶ」なら、あなたのいうとおり、
愛が住む場所を作る、道を整える、そうすれば愛は自然に流れてくるという運びとなるでしょう。
それが流れてくるときは、無意識でも必ず愛がそれ以前に選択されています。
そう思われませんか?
恐怖を選択しないで、愛をこの一瞬一瞬に選択しているか、どうか、これは自分にしか見えません。
愛に応えること
自分はどうしたら愛に応えられるか、
これを考えることは大切です。
さもなければ、ずっと同じ場所に留まることになります。
もっと自分の意識が拡大されたところで愛を見つめると、
また、ちがった形が見えてくるのではないでしょうか。
かぎりない愛の側面を私たちは知ることができます。
コンスタントに愛を選択することもできます。
これがわかるために私たちはさまざまな経験をえらびながら、
この人生を生き抜いていくのです。
あなたにとってこのような、たとえば「生き抜いていく」という
ニュワンスが努力や力みのように受け取れるのであれば、それはあなたです。
人生は流れるような自然な計らいではないからこそ、それを学ぶためにここにいるのです。
この三次元は両極性なので、道教(TAO)などのフィロソフィーが生まれたのでしょう。
逆の現実があるから、そのことを教える叡智があるのです。
両刃の剣のように陰も、陽もどちらも大切です。
そして「努力して生き抜く」という人間の態度は、
無視されることなく、尊ばれるべきだと思います。
とくに今という時代には・・・
2006年08月28日
みんなつながっている!
きのうの「DISCOVER」のイベントにて音楽はやっぱりすごいと思いました。SUGIZOさんと岡野弘幹さんのジョイントセッションも素晴らしかった!
岡野さんとはあとでいろいろ話がはずみました。
次回のDISCOVERの第二回目は大阪城公園で「満月祭」です。
私の後輩にあたる桑名HALKOちゃんにぜひ、参加してもらいたいと思って、一ヶ月ほど前に電話したところ、
「ごめん、その日、ほかんとこで満月祭入ってんねん」という返事だったけど、
きのうは岡野さんから「HALKOちゃんも出れるようになったよ」とのこと。
きっとすごいことになりそう!
音楽は一瞬にしてみんなのハートをつないでくれる最高のPEACEMAKERであることはいうまでもありません。
昨日は講演の最後にエハンもジョン・レノンの
”All we are saying is give peace a chance"
をみなさんも一緒に歌ってもらうようにお願いするハプニングもあり、
本当に素晴らしい「Discover」のオープニングイベントとなりました。
「満月祭」もすごいことになる予感がします。
2006年08月26日
また愛ましょう!
これはメールをいただいた方にお返事として書きました。「光の家族」を読んでいただき、ありがとうございました。
愛を知るというテーマは漠然としている中にも底知れぬ深さがあります。
それを辿っていくことによって、子供の頃にもつながり、
また過去世という強調された記憶の癒しともなり、
もっと深く辿っていくと、先祖と共有している癒しがあり、
いまそれがあなたという三次元の肉体を持った子孫にすべてがかかってきている
わけです。「光の家族」のメッセージのとおりです。
ですからもっと大きく目をすえると、
決して過去世リーディングなど受ける必要はないのです。
あなたは実行力があるので、
何でも思ったものは手に入ります。
しかし、迷わされ(目酔和され)ないことが肝心です。
もうそんな時間はありません。
一刻も早くご自分の使命に目覚めてください。
それはあなたの気づきどおり愛です!
この一瞬一瞬、あなたは愛を選んでいるつもりでも、
気がつかないことがいっぱいあります。
それを気づくために苦しみはセットされています。
その苦しい気持ちを正直に認めることに癒しはあります。
ただそれのみを忘れずに少しスローダウンしてシンプルに過ごすだけで、
魔法のスイッチはかかります。
あなたが封印されている「扉」があると気づくだけでも素晴らしいです。
結局は「あなたは自分を認められるか?」という質問となります、愛は。
この一瞬、一瞬ただ正直に「ノー」か、「イエス」で答えてください。
あなたの頭に答えをださせるのではなく、その方法は改めていうにいたりません。
>それが私専用のアセンション
> プログラムではないかとも感じています。
あなた「専用のプログラム」というものなどありません・・・エゴ以外には。
もう少し、「みんなと一緒に共有する」ことを心がけてください。
これは何も、それこそ、「あなただけ」専用のものではなく、
世の中の男性諸君にぜひ、心してほしいことです。
分かち合うという意味、
一緒に過ごすということ、
愛する人に捧げるという意味・・・
彼女がしてほしいように、
すべてサレンダーして一度、ささげてみればどうですか?
やったことないでしょう?
一度やってみてください、そうすればどう変わるか?
硬いシコリはそれで溶けていく
そのパワーを私たちはもう一度思い出すところにみんながいます。
カラーでもなければ、
フラワーエッセンスでもなく、
ハーブでもなく、
どんな物質もそれに変わる魔法はありません。
この自分である、自分のマインド・パワーがやっているにすぎないということに
真から気づけば、
頭をちょん切られたニワトリのように走りまくったり、
逢いまくったりする必要はないことがわかります。
ただ「愛」まくるあなたに気づく・・・それも楽しんで。
それに逢えれば心底、楽しいはずだからわかる。
釣れない魚を釣ろうとするような焦りは疲れるばかりです。
自分にとって何が楽しいのか、長期的に考えてみてください。
永遠という長い目で・・・。
一時的な楽しみであると気づいているのならば、
センターにもう一度、すばやく戻るつもりで、
なるべくなら好奇心からブレルことなくやってみてください。
その効果はあなただけが知りえるもの
これこそ、「あなた専用のもの」となりえるものであり、あなたが勝ち取った満足感を与えてくれるものでしょう。
また、愛ましょう!
2006年08月25日
女神カレンダー
さあ、新月から新しいサイクルがスタートしています。自分の仕事について考えなおしてみるには最適な時期が訪れました。
そこで様々な質問をしてみることにしましょう。
質問というのは答えることができるためにあります。答えが最初からないのなら、そもそも疑問が浮かばないのが人間の頭です。質問さえ浮ぶと答えはおのずと現われます。
ベーシックなイエス、ノー方式の質問で自分の仕事に関することを聞いてみるとよいでしょう。
なぜかというと、自分のアテンションがほかのことにシフトしようとしているエネルギーがいまやってきています。いままでのように仕事が自分のすべての注意が払われているというようなエネルギーは去っていきました。もっと自分のパーソナルな人生にエネルギーを注ぎたいと、いま感じられているのではないですか?
ほかの人たちに対する自分の責任や任務がもっと充実していく道をさがしましょう。それにあなたの時間のすべてが使われてしまうようなことがない道をさがすのです。これはもと自分の家の近くに仕事を見つけるというようなことかもしれません。日々、コミットして自分が行う儀式はきわめて重要なことです。それによってすべて決まってくることにあなたはいま気づいているはずです。あなたの世界はもっと小さくなる必要があるのです。ええ、なぜ? それは自己の内なる世界とさらに親密になることが要求されているからです。
関係性においても互いのニーズがあっているかどうか、もう一度、見直すとよい答えが得られます。今年、自分にとってその関係は快適か、問題か、正直に見つめてみましょう。自分の考えていることとちがうかもしれないので、よく話し合いましょう。もしいままでに自分の健康を無視して生活していたのならば、体調が崩れるかもしれません。自分の肉体との会話をもってください。肉体は何を望んでいるか、よく理解できるように、人に訊かずに、まずは自分に聞くという姿勢を保ってください。本当に己自身を見つめる自分に肉体は答えてくれます。何もこのことをいっている人をフォローする必要はないのです。
変化の波はあなたを自分自身に向き合うようにさせてくれます。最初は少し孤独に感じますが慣れてきます。
2004年ごろから急に多くの人たちが、まるで風に巻き込まれるかのようにあなたの現実を出入りするようになりました。この現象がもう過ぎたというのではありません。その中のひとつの風の渦巻きを眺めてみましょう。2006年の5月と8月~9月にかけて、どうなりましたか? 彼らは去ったかもしれませんが、まだエネルギーが残っています。あなたに「目覚めなさい!」というメッセージを送りつづけています。
注意を払ってください。彼らはあなたの新しい可能性に気づいています。あなたは一生懸命しごとをするがゆえに、一箇所に留まり、見えなくなることがよくあるようです。あなたの現実に渦巻く旋風のように入ってきた人は、あなたを救うためにやってきました。一箇所に留まらないことをアドバイスしてくれるかもしれません。新しい道を見つけてください。これはあなたの人生において革命が起きることです。そういえるほどけっして大げさではない大転換があるでしょう。もちろんあなた次第ですし、また独りでやるとはかぎらないことです。
2006年08月21日
夢・・・開運
夢について夢に関することを多少なりとも知っておくことは、自分を発見することにつながります。夢について学ぶために私もみなさんと同じようにずいぶん、いろんな本にいままでめぐりあってきました。
夢といえばもちろん、心理学的なユングの夢判断からスタートし、いろいろこのテーマに関してはあります。でも夢に関する西洋的な捉え方は、たとえば「ヘビ」などに関しては、頭ごなしに嫌うような感じがしてあまり納得できません。
でも今回、ご紹介する本は、もう手に入るかどうか、分からないほど古い本ですが、度重なる引越しにも絶えて、ぼろぼろになりながらも、いつも私の本棚の隅に置かれている一冊です。
「夢」に関心ある人は、この本をおすすめします。
夢・・・開運
日本人の夢を解く鍵は日本神話にあった。夢の中で起こる魂と運命の驚異のドラマを、出雲神話の英雄・大国主命とともにたどり自らの運命の旅をシミュレートする日本初の試み!!…あわせて400項目を超える重要な夢のイメージを、詳細な解説とともに収録。あなたの夢はこれで解ける!
不二龍彦著「夢・・・開運」の本のあるコメント
発刊元があの「ムー」で、”開運”などと怪しげなタイトルはついているが、素晴らしい一冊。
繰り返し現れる夢のイメージ。目が覚めても覚めやらぬ胸騒ぎを
様々なモチーフを用い、見事に解き明かしてゆく爽快感。
ユング心理学に基づき、自らの夢とともに「自我」「自己」を認識してゆく。。。
日本の神話と夢、
アニマとアニムスについて、
シャドウについて、
そしてもちろん、夢判断などが一冊にまとめられた、
夢のシンボルを謎解きする手がかりとなってきた本です。
2006年08月20日
シピボ族
今までにペルーのワークショップを6回やりましたが、4日間のインカトレールで心身ともに浄化した後は、プエルトマルドナードという港町から大型カヌーのような船に4~5時間乗ってアマゾンのジャングルロッジで呪術師のドン・イグナシオと共にアヤワスカのセレモニーを行いました。昨年の9月のペルーワークショップでは、高齢のドン・イグナシオとのセレモニーではなく、シピボ族の薬草をいただきました。シピボ族はウカヤリ川中流地域に住むアマゾンの先住民族です。プカルパより上流に住むグループをコニボ族といい、それより下流に住むグループをシピボと呼びます。この二つのグループはかなり以前から混交していて文化的な差があまりないので、民族誌的にはこの二つを合わせてよくシピボ・コニボ族と呼ばれています。人口は推定で両方合わせて二万人ぐらい。彼らは天然の染料を用い、ブラシや小枝などで布や陶器などに幾何学的な絵を描く伝統があります。アマゾンの大自然と密着した独自の文化と精神世界が近年注目されているこのシピボ族のアーティスティックな絵柄は最近、ちょっとしたブームをよんでいます。私たちも前回何枚か彼らの作品を買ってきて、和室にかけるととてもよく似合います。彼らのアートから何か人間の脳の深い部分を目覚めさせるような効果があるように感じられます。
アマゾンでは、古くからアヤワスカと呼ばれる幻覚を引き起こす薬草が尊重されてきました。病気になった時、シャーマン家庭に災いが起きた時、よりよい解決のために、アヤワスカを使う呪術師に相談し、治療が施されてきました。それだけでなく、祖先の由来を確かめたり、将来起こることに備えたりすることもできるアヤワスカはそもそも医薬として南米全域の原住民たちの世界に昔から使われてきたものです。ペルーのジャングルで何回か体験したのですが、ちょっと強烈過ぎるので前回のアール・ヴィッカーの「幻想のつる」でもあるようにしっかりと監督してくれるシャーマンなしで儀式をすると、あの物語のように大変なことになってしまうでしょう。でも好奇心旺盛の方はぜひ、南米で試してみてください。メディスンに関して参考となるページがありました。
シピボ族のアート



2006年08月19日
多次元神話
インターネットで読んだ Earl Vickers 原作のVision Vine という作品を紹介します。面白い物語だと思いました。幻覚のつる・・・Earl Vickerの世界
「おまえが他の世界で見てきたことを我々に分かち合ってくれ。」と部族の酋長が尋ねると、そのウォリアーは答えた。「その世界っていうのは、俺が今までに行ったことのない世界だったのさ・・・光眩しくて、目が痛くなるくらいで、雑音はひどく、おまけに混乱しているんだ。そしてまったく今まで見たこともなかった世界だったのさ。」
「どこにその世界はあるんだ?」と再びチーフが尋ねると、「わけがわからないんだが、ここのどこかに存在しているってことは確かみたいなんだ。俺たちがここに座っているのと同時にどこかでね。そしてそこの時代は、人々がすごく強い魔法の力に目覚めて、俺たちの世界なんか一発で吹き飛んでしまうほど恐ろしい武器もあるんだ。」
このようにジャングルの中である種族が集会して始まった会話を黙って密かに集会所の外で聞いていた者がいた。それはアカールという名前の少年だった。壁のすきま穴から中の様子を盗み見していた。その時の酋長の顔が今まで見たこともないほど寂しげな表情にアカールの目には映ったので、そこでアカールはその場をたち、混乱した頭を抱えてジャングルを歩いて行った。確かにチーフが集会で言っていたように、俺たちの伝統も失われつつあり、俺たちの世界は消えていくといっていたが、いったいどういう意味なのだろうかと、彼は森の中で考えこんでいた。
すると、よくみると自分の足元にジャガーの足跡があるではないか。その足跡を追って行くと、アカールはすぐにジャガーが目に止まった。ジャガーとはアカールたちの言語で、「ひとっ跳びで殺す」という意味がある。しかし森の中では一番崇高とされているこの動物が、たった今、彼の視野に飛び込んできたのである。そのジャガーはなんと森の中の大きな大木に絡みついたツルを食っていた。
やがてそのジャガーは、自分の食ったツルを吐き出し始めた。吐き出す度に身震いするのもアカールは見た。すると突然、そのジャガーはアカールの真正面に一飛びし、彼の目を覗き込むではないか。あまりにもの恐ろしさにアカールは、一瞬ジャガーから目をそらした。すると、ジャガーは消えていた。
アカールは、いつか部族の長老たちが、ヴィジョン・ヴァイン(ヴィジョンを見るツル)とよばれるものについて語っているのを耳にしたことがある。しかもそれは絶対に監督人なしにひとりでは飲んではいけないと話しているのを耳にしたことがある。さきほどのように恐怖きわまる最悪の事態を自分は切り抜けられたのだから、村で皆がやっていた儀式を思い出しながら、それを一人で飲んでみてもいいだろうと、アカールは思いついた。
決して好奇心だけではない。アカールがそれを飲みたかった理由は、自分たちの世界を守るためならば、かえってチーフも喜ぶだろうと思った。そればかりか、はれてチーフの娘、イシャとも結婚できるのではないかとアカールは考えたのである。近くの廃虚から壊れた器をひらってきて、切り落としてきたツルを細かく刻んでからやわらかくなるまで、叩きつぶしたものをアカールは器の中に入れて、ぐつぐつと煮だした。
夜暗い森の中で一人になったアカールは、できるかぎりの勇気を出した。そして匂いをかくと吐いてしまいそうになるほど、ひどい味のする煮上がったものを一気に飲みほした。しばらくするとアカールは、ぶるぶると震えだし、冷や汗を流し始めたのである。「おお・・・大変な事になっちまった! 俺はここで死んでしまうのだろうか?!」という恐怖感でアカールはすっぽりと包まれてしまった。
するとアカールは自分が誰かに見られていることに気づいた。さっき森の中で見たあのジャガーが戻っているではないか。するとそのジャガーはアカールに向かって語り始めた。
「おまえはひと爪立てたオレに殺してもらいたいがために、その死のツルを食ったんだな。」とアカールに語りだした。大猫の怒りに燃えたその目を目の当たりにしたアカールは、震え声でこういった。
「おっ俺は、おまえなんか、これっぽっちも、こっ、怖くはないぞ!」
それを聞いたジャガーはその場で笑いころげながらいった。
「おまえなんか怖くないぞ!」というアカールをそのまま真似て、歌を歌いはじめた。
あまりにもの恐怖にその場でアカールは吐くやら、漏らしたりする始末である。それを見たジャガーは、ジャングルの土の上に寝転がって腹を抱えて、ますます笑いが止まらなくなった。笑いながらジャガーはこういいた。
「オレがおまえを食っていたのなら、こんな面白い会話はなかったぞ!」
アカールは自分が確かにジャガーと会話していることに気づいた。恐ろしいが、これはすごい名誉であり、そのジャガーはたった今、自分のアライ(盟友)となってくれたと知り、彼は喜んだ。
さて、これとは場所はかわり、リードという名前の男が、アメリカのある都会のオフィスでボスのデレックからプロジェクトをやめてしまえと、今、怒鳴られている最中である。これはリードにとって最悪の場合は裁判だたにさえ、なりかねない危険な状態である。なぜかというとリードが任されていたのは、大がかりなプロジェクトだったからだ。しかし、リードのボスが一番心配していた事は、リードが自分でデザインした「アカール」というバーチャルキャラクターにあまりにものめり込んでいくことであった。ボスのデレックがオフィスから出ていくや否や、リードは再びヴァーチャル次元に行ける装置の前に戻っていた。
彼は小道を歩いていきながら、ジャングルのムーッとする豊かな匂を楽しんで味わった。「上空から見てみることにしよう! 」とコンピュータに向かってリードはいった。するとシステムは、リードに地図を提供して受け答えたのである。「小道のこの辺にジャングルをぬけて、湖を作ることにして・・・」とセットすると、地図は突然、消えてなくなった。
リードはブッシュマスターと呼ばれる2メートルもある猛毒をもつヘビに噛まれそうになりながらも、今までとはちがうまったく新しいジャングルのトレールを発見し、歩んで行った。「キャラクターを登場させよう!」と、彼がダウンロードするや否や、妙なチクチクするような感覚がリードを襲った。
そこにアカールが座っているではないか!
「なんて変なヴィジョンをこのヴァインはくれるんだ!? もう一つの世界ってひどいところじゃないか。」と目をこすりながらそういっている。
アカールは自分の村に帰り、チーフに自分が見たヴィジョンについて打ち明けることを決心した。「おまえはチーフと仲間たちの集会を盗み聞きしたのか! その上、監督人なしに一人でヴァインを飲んだのだから、罰としておまえをこの村から永遠に追放する。」と、アカールの話を聞き終えたチーフは大声で怒った。
アカールは目を真っ赤にして泣きながら村を去り、あれを飲んだ小屋跡まで再び戻っていった。どうせここで一人で死ぬのなら、もう一つの世界の悪霊と戦かわねばならないことは避けられないと、アカールは考えた。そこで彼はさっきの残りのヴィジョン・ヴァインを一息に飲んでしまった。
するとどうだろう。アカールはまたもや新しい小道を発見したのである。「こんな道、今まで見たことがない。歩き進もう」と、心の中で彼はつぶやいた。やがて湖に出てきたアカールは、水面に映っている自分の姿を見た。すると、なんと自分は裸だった!
これではもうひとつの世界の霊が笑うではないか、と彼は泣き叫んだ。 リードはすばやく後ろを向くと、ボスのデレックが戻ってきていた。もう遅すぎる。なぜかというと、リードが会社の規則を違反をしていることを見とどめたボスはむろん、リードをその場で首にした。
家に帰ったリードは、あの世界が恋しいて、再び戻ることにした。そして彼はヘッドホーンをつけると、すぐに湖に戻っていた。水面に寄り添うと、すぐさまあのキャラクター、「アカール」が登場したのである。アカールはひと瞬きすると、目の前にアナコンダが現われ、彼の足元に巻ついて湖の底へひきずりこもうとしている。彼は悲鳴をあげて必死ではいずり上がろうとした。
「キャラクター、退場!」とリードは命じる。アナコンダにかかればその少年にはチャンスはない。「しかし、待てよ・・・」とリードは考えた。「確か原住民は、自分自身の死と再生を体験するためにアヤワスカを飲むし、動物に変身したい時にもアヤワスカを飲むって聞いたが・・・ではアナコンダよりもジャガーはどうかなあ」と、リードはコンピュータに「キャラクターよ、戻れ」と命じた。
するとジャガーが湖の水面にガォーと吠えて飛び出てくると同時に、アナコンダの頭を爪で裂いた。強く締めつけられていたので毛を逆立てながら吠えると、アナコンダの息は絶えていた。アカールが巨大な猫の前足を見つめていると、たちまち人間の手に戻っていた。彼は水面に自分の顔を映すと、見慣れない顔が映っていた。
「もう一つの世界の男に違いない。なんてすごいシャーマンなんだろう。オレもいつかあんなになってみたいなあ! 」というアカールが指で水面に触れて水輪が広がると、たちまち二つの世界は一つに統合されてしまった。
そこでリードに素晴らしいアイデアがひらめいた。「そうだ。スタートからもう一度、もっと素晴らしくて、リアルな作品をコンピュータで創ってみようと考えついた。インターネットを通して公開し、タダでみんなとそれを分かち合いたいと、彼は思った。誰でもアクセスすれば、人々は再び自然とのコネクションに目覚めるだろう、ってこう考えてリードは興奮した。
アカールは、リードの頭にあふれ出てくる想像の全ては理解できなかったが、しかしどちらの世界にも希望が生まれたことは理解できた。アカールは急いで村に駆けて戻った。そしてあのジャガーに教わったイカロ(呪術師の歌)を歌うと勇気が出てきた。
しかし村に着くとアカールは、たちまち囚われてチーフの前に突き出された。「俺はもう一度、あの世界へ行ってきたんです。そしてその世界の者に俺たちの世界を見せると、二つの世界は一つになったんです。俺たちの魂は別の場所で生き続けているんだ。」とアカールがそういうと、チーフは以前よりも一層、怒りを募らせた。
アカールがジャガーから教わったイカロを歌ってもチーフの様子は変わらない。「自分が価値ある者であることを証明しろ。ジャガーが歌うのなんて、この世界でも何回も聞いたことがある。それよりも、もう一つの世界のものを何か見せてみろ。」とチーフは言った。
最初はアカールは少しためらっていたが、それからなにやら変な言葉で語りはじめた。「SHOP FOR THE LATEST REALITIES AT THE REALITIES FACTORY! 」(リアリティーのお買い物は、リアリティーズ工場で!) とアカールがこういうなり、チーフは「一体、どういう意味なんだ」と質問した。
「もう一つの世界の人々はパワフルなシャーマンたちなんだ。偉大な魂の道具をもっている。しかし彼らのヴィジョンは空なんだ。だから彼らは俺たちからヴィジョンについて教わる必要があるのさ。そしてそれを教えたお礼として、彼らからこれからかわっていく世界で生き残これる方法を教えてもらうのさ」と、こうアカールは答えた。するとチーフは、うなずきながらアカールの勇気を賛えた。
「だが、おまえは以前の名前で再び村に戻ることは出来んぞ! 何ていう名に変える?」とチーフに聞かれると、アカールは、「リードって呼ばれたい」とにっこり笑って、こう答えた。

イアン・クーパー
2006年08月18日
2006年08月15日
お盆って何?
祖先の霊を迎え入れる一年の行事のひとつである お盆ってなに?これを読んで、日本ってやっぱりとてもリチュアルな国だと感心しますが、その一方で、あまりにも豊かな発想やすべてあり、何か本当の由来がゆがんで行きやすい傾向もあるのではないかと感じます。すばらしい風習なので、美しい形で今後も日本で生きつづけてほしいものです。
私たちは祖先のことを忘れようとしても、切っても切れない絆が血液によって結ばれています。お盆はこれに感謝するために「迎え火」をして始めます。祖先たちをずっと辿っていくと、「光の家族」にあるように、きっとヘビ族とドラゴン族に行き着くことになるのかな?そこまでの記憶がよみがえれば、祖先たちは自分にとってよき同盟となってくれるかもしれません。本当の意味で、彼らと融合することができるかもしれませんね。つまり、自分という存在をはっきりと理解できる人間にみんながなれるでしょう。その祖先たちとの再会である「お盆」が、常にこの次元にある状態となれば、わざとらしくあえてお盆をやる意味がなくなります。でもそうなるまで、こうして「お盆」があって、異次元へ意識が向けられることは素晴らしいと思います。
祖先の方々を「送り火」をして帰ってもらうという発想は本当は何に由来するのか、という質問が浮びます。これにはもっと深い意味があるように感じます。でもこれは単に人間のセンチメンタルな意識考え出したことかもしれませんね。いずれにしても、人間というものはよくもここまで儀式に関して思いつくものだなあと、感心します。(冒頭のホームページを読んで)
「ご先祖さまたちとコンタクトする日」であるお盆と、前にお伝えしたケルトの収穫祭「ラマス」の別名「ハボンディア」とも関係があるかもしれませんねえ。果物や野菜を供えるところも同じです。まあ、とやかく言わずに、今日はお盆を味わうことにします!
2006年08月13日
幸福な王子
今朝、散歩していると一羽のツバメが飛んできました。そこで思い出したのが、昔、よく読んだオスカー・ワイルドの小説で子供向けに書かれた「幸福な王子」でした。
ある街の柱の上に幸福の王子の像が立っていた。両目には青いサファイア、腰の剣には真っ赤なルビーが、体は金箔に包まれていて、鉛の心臓を持っていた。とても美しい王子は街の人々の自慢だった。エジプトに旅に出ようとしていたツバメが寝床を探し、王子の足元で寝ようとすると上から大粒の涙が降ってきた。王子はこの場所から見える不幸な人々に自分の宝石をあげてきて欲しいとツバメに頼む。ツバメは言われた通りにルビーを病気の子供がいる貧しい母親に、サファイアを飢えた若い画家と幼いマッチ売りの少女に持っていく。目が見えなくなった王子は、ツバメに街を飛び、色々な話を聞かせて欲しいという。そしてまだたくさんの不幸な人に自分の体の金箔を剥がし分け与えて欲しいと頼む。
やがて冬が訪れ、王子はみすぼらしい姿になりツバメも弱っていく。死を悟ったツバメは最後の力で王子にキスをして足元で力尽きる。その瞬間、王子の鉛の心臓が音を立て二つに割れた。みすぼらしい王子の像は柱から取り外され、溶鉱炉で溶かされたが鉛の心臓だけは溶けず、ツバメと一緒にごみために捨てられる。
天国では神様が天使に「この街で最も尊きものを二つ持ってきなさい」と命じ、天使は王子の鉛の心臓と死んだツバメを持ってくる。神様は天使を褒め、王子とツバメは楽園で永遠に幸福になった。
とこういうあらすじでした。オスカー・ワイルドの小説からは男性とも女性ともいえない非常にセンシティブな表現が印象的でした。オーブリー・ビアズリーの挿絵も少しグロテスクですが、とても好きでした。

ある街の柱の上に幸福の王子の像が立っていた。両目には青いサファイア、腰の剣には真っ赤なルビーが、体は金箔に包まれていて、鉛の心臓を持っていた。とても美しい王子は街の人々の自慢だった。エジプトに旅に出ようとしていたツバメが寝床を探し、王子の足元で寝ようとすると上から大粒の涙が降ってきた。王子はこの場所から見える不幸な人々に自分の宝石をあげてきて欲しいとツバメに頼む。ツバメは言われた通りにルビーを病気の子供がいる貧しい母親に、サファイアを飢えた若い画家と幼いマッチ売りの少女に持っていく。目が見えなくなった王子は、ツバメに街を飛び、色々な話を聞かせて欲しいという。そしてまだたくさんの不幸な人に自分の体の金箔を剥がし分け与えて欲しいと頼む。
やがて冬が訪れ、王子はみすぼらしい姿になりツバメも弱っていく。死を悟ったツバメは最後の力で王子にキスをして足元で力尽きる。その瞬間、王子の鉛の心臓が音を立て二つに割れた。みすぼらしい王子の像は柱から取り外され、溶鉱炉で溶かされたが鉛の心臓だけは溶けず、ツバメと一緒にごみために捨てられる。
天国では神様が天使に「この街で最も尊きものを二つ持ってきなさい」と命じ、天使は王子の鉛の心臓と死んだツバメを持ってくる。神様は天使を褒め、王子とツバメは楽園で永遠に幸福になった。
とこういうあらすじでした。オスカー・ワイルドの小説からは男性とも女性ともいえない非常にセンシティブな表現が印象的でした。オーブリー・ビアズリーの挿絵も少しグロテスクですが、とても好きでした。

2006年08月12日
「どっこいしょ」は祈りのことば
浄化とリサイクル女神
エハンが先日発って、何をしに、どこに行くのか、あまり分からないまだったのですが、昨日と今日のシンクロがその目的を明らかにしてくれています。それは一言で浄化です。ここで浄化について少し考えてみたいと思います。まず、浄化とリサイクルは一対のものであり、エーテル次元からみると時空を超えてすべてはエネルギーとして、浄化されたエネルギーはどこかほかの場所でもそれは活力を与えることになっているのではないでしょうか。つまり浄化とリサイクルは同時に起きているのです。女神パワーはまさにこの生と死を繰り返す再生のエネルギーをシンボルとして表しているのです。
浄化とは結局は感情的な汚染を掃除することで、自分のオーラフィールドからいらない感情を取り去ることだと思います。でも、もういらないとポイと捨ててしまうより、ちゃんとリサイクルして堆肥にして、自分の栄養とすることもできます。
あなたは何をむなしく、悲しく感じたのか?
あなたはなぜ、あの人にあんなにも感情的に反応したのか?
なぜ、怒りの感情がこみ上げたのか?
なぜ、憤りを感じるのか?
こういったことをじっくりと考えてみる時間はあまりありません。このようなことを考えてみる時間は、一分たりとも無駄ではなく、それは堆肥となって自分自身に戻ってくるはずです。独りで自分自身を振り返る時間を持つ必要が誰にでもあります。今朝のエハンのブログを読んで、宮司さんがおっしゃっていたように、服を洗濯してもあまり私たちは心を洗濯しないのです。ごもっとも!
日本の文化には「浄化」はきわめられています。さっそく、「六根清浄」ということばを調べてみました。今まで何度も耳にしたことはありますが、一体、どういう意味なんでしょうか? するとすばらしいことが書いてありました。禅はとてもリアルですね。
それにしても日本に暮らす今の私たち、特に女性たちをみると、物質次元の浄化はエスカレートしていく一方です。やたら除菌、除菌ということばにこだわりすぎていてヘンですね。除菌の液体が赤ちゃんのやわらかいお尻の粘膜から入っていくことを考えたら恐ろしいと思われませんか? それはさておき、お母さんたち自身はというと、心の浄化はするヒマもなく、キッチンはピカピカでも心は汚れの恐怖で汚染されていて、それではどんどん疲れやストレスが増える・・・洗心! 洗心! どっこいしょ!
エハンが先日発って、何をしに、どこに行くのか、あまり分からないまだったのですが、昨日と今日のシンクロがその目的を明らかにしてくれています。それは一言で浄化です。ここで浄化について少し考えてみたいと思います。まず、浄化とリサイクルは一対のものであり、エーテル次元からみると時空を超えてすべてはエネルギーとして、浄化されたエネルギーはどこかほかの場所でもそれは活力を与えることになっているのではないでしょうか。つまり浄化とリサイクルは同時に起きているのです。女神パワーはまさにこの生と死を繰り返す再生のエネルギーをシンボルとして表しているのです。
浄化とは結局は感情的な汚染を掃除することで、自分のオーラフィールドからいらない感情を取り去ることだと思います。でも、もういらないとポイと捨ててしまうより、ちゃんとリサイクルして堆肥にして、自分の栄養とすることもできます。
あなたは何をむなしく、悲しく感じたのか?
あなたはなぜ、あの人にあんなにも感情的に反応したのか?
なぜ、怒りの感情がこみ上げたのか?
なぜ、憤りを感じるのか?
こういったことをじっくりと考えてみる時間はあまりありません。このようなことを考えてみる時間は、一分たりとも無駄ではなく、それは堆肥となって自分自身に戻ってくるはずです。独りで自分自身を振り返る時間を持つ必要が誰にでもあります。今朝のエハンのブログを読んで、宮司さんがおっしゃっていたように、服を洗濯してもあまり私たちは心を洗濯しないのです。ごもっとも!
日本の文化には「浄化」はきわめられています。さっそく、「六根清浄」ということばを調べてみました。今まで何度も耳にしたことはありますが、一体、どういう意味なんでしょうか? するとすばらしいことが書いてありました。禅はとてもリアルですね。それにしても日本に暮らす今の私たち、特に女性たちをみると、物質次元の浄化はエスカレートしていく一方です。やたら除菌、除菌ということばにこだわりすぎていてヘンですね。除菌の液体が赤ちゃんのやわらかいお尻の粘膜から入っていくことを考えたら恐ろしいと思われませんか? それはさておき、お母さんたち自身はというと、心の浄化はするヒマもなく、キッチンはピカピカでも心は汚れの恐怖で汚染されていて、それではどんどん疲れやストレスが増える・・・洗心! 洗心! どっこいしょ!
2006年08月11日
女神カレンダー8月と9月
Goddess Calendar
8月
まだ夏の暑さは厳しくなる一方のようですが、太陽の光の中で色あせた金色の輝きが目立つようになってきました。季節の衰えが感じられるように光は引いていきます。8月は私たちの人生を振り返ってみて、何がもう古くて役立たないものかよく検討する時期として最適です。一年のうち暗くなっていくあと半分を旅していくうちに、必要のなくなった余計な重い荷物はもういらないので、この月に手放し、捨てましょう。
石 : ペリドート
花 : グラジオラス
インセンス : コーパル
色 : 金
月 : コーン
祭日 : ラマス(8月1日/2日)
果実 : ブラックベリー
女神 : セリドウェン、イシュタール
男神 : ズムジ、タンムズ
☆ 私は人生でもう古くて役立たないものを心から手放します!
9月
私たちの豊かさや仕事の実りを集めて、冬のために貯えておく時期です。しかし、家族や友だちとも分かち合いましょう。豊かに変化する四季を通して私たちを見つけてくれる神さまたちに手を合わせて感謝しましょう。庭のゆるんだ垣根をしっかりと修理し、「結びなおす」ように自分自身の脳をひきしめて、これから訪れる「知性の季節」に備えて準備しましょう。
石 : サファイア
花 : アスター
インセンス : シナモン
色 : 茶
月 : 収穫
祭日 : マボン(9月22日)
果実 : バナナ
女神 : デメテル、セレス、ガイア
男神 : アドニス、ジュピター、トール
☆ 私が達成した仕事の実りを私は収穫として刈り取り、その実りを私は楽しみます!
8月 まだ夏の暑さは厳しくなる一方のようですが、太陽の光の中で色あせた金色の輝きが目立つようになってきました。季節の衰えが感じられるように光は引いていきます。8月は私たちの人生を振り返ってみて、何がもう古くて役立たないものかよく検討する時期として最適です。一年のうち暗くなっていくあと半分を旅していくうちに、必要のなくなった余計な重い荷物はもういらないので、この月に手放し、捨てましょう。
石 : ペリドート
花 : グラジオラス
インセンス : コーパル
色 : 金
月 : コーン
祭日 : ラマス(8月1日/2日)
果実 : ブラックベリー
女神 : セリドウェン、イシュタール
男神 : ズムジ、タンムズ
☆ 私は人生でもう古くて役立たないものを心から手放します!
9月
私たちの豊かさや仕事の実りを集めて、冬のために貯えておく時期です。しかし、家族や友だちとも分かち合いましょう。豊かに変化する四季を通して私たちを見つけてくれる神さまたちに手を合わせて感謝しましょう。庭のゆるんだ垣根をしっかりと修理し、「結びなおす」ように自分自身の脳をひきしめて、これから訪れる「知性の季節」に備えて準備しましょう。
石 : サファイア
花 : アスター
インセンス : シナモン
色 : 茶
月 : 収穫
祭日 : マボン(9月22日)
果実 : バナナ
女神 : デメテル、セレス、ガイア
男神 : アドニス、ジュピター、トール
☆ 私が達成した仕事の実りを私は収穫として刈り取り、その実りを私は楽しみます!
2006年08月09日
輪廻転生とアセンション
輪廻転生につぃての興味深いコメントありがとうございます。
みなさん、鋭いアイデアと知識をお持ちで、参考になります。
このトリッキーなテーマに関して、もう少し思い当たることがあります。
高い意識はアセンションするとすれば、
この三次元にもう肉体を持って生まれ変わる必要がなく、学びもないとしたら、
この三次元に今生きている人間の魂は低いものばかりということになります。
実際、そう思わずにはいられないほど、世の中は地獄化していってることは事実です。
こう考えるとアセンションした魂は、
キリストやお釈迦様など、意識が高い魂が生まれ変わって
今、もう一度この地球に生きることはないでしょう。
生まれ変わるというのであれば、アセンションとはいわないでしょう?
「キリストの生まれ変わり」という人も、「空海の生まれ変わり」という人も、
すべてウソとなります。
そして、それこそ、わたる世間は鬼ばかりになっていくでしょう?
アセンションした魂はこの次元で苦しむ私たちを救済するために、
あえてこの大変、殺伐とした地球に戻ってくるのでしょうか?
そうであれば、「生まれ変わり」とはいえない?
過去世に関する私自身について、今まで何回か、重なる面白いことがありました。
本山博先生の講演をずいぶん前に聞いたことがあるのですが、
本山先生は今の私たちぐらいの年齢層の人たちは、
第二次世界大戦で戦死した人たちの魂が戻ってきているケースが多いと、
おっしゃっていました。
お国のためという理由なんかで戦死のように突然に、
自分の意志に反する不慮の死を遂げると、その魂は即生まれ変わると、いわれていました。
私はあるとき、1951年か、2年ごろの「ライフ」という雑誌のグラビアに目を通していたのですが、
何ページかに渡って特集されていた朝鮮戦争の写真を見て、ドキッとしたことがありました。
突然、デジャブのように戦闘機に乗っている自分の姿が浮んできたのです。
これは何回も後に夢で現われ、下から攻撃されて墜落死した兵士の夢だったのです。
同じ夢を何回か見た個tがあり、
その頃でしたが、ある霊能者からこう聞かされたことがあります。
「あなたのすぐ一つ前の前世は、
朝鮮戦争で戦死したシアトルのアメリカ兵です。おそらくユダヤ系の人だったでしょう」と。
いわれてみれば、そうかもしれないです。
なぜ、シアトルと隣接した場所に当時、住んでいたのか?
私の家系図を溯ると、八幡太郎という人物に辿りつくことを何年か前に知りました。
そしてその人物と八幡宮は関係があり、
八幡は、ユダヤの失われた10部族の一つだと最近、知るようになりました。
中近東から日本にずいぶん昔に渡ってきている・・・・
こういったことが、まったくつながらないこととして考えられないのです。
私という魂は、そのようにして一つの血族から大陸をジャンプして、
さらには関係の深い別の血族を選んで、生まれ変わることを何度もやって来たかもしれません。
何のためでしょうか?
学ぶために。
では血族の何を?
しかし、こういった輪廻転生は単なる念写のような記憶であれば、
なぜ、特にそれが選ばれるのでしょうか?
いろいろ考えるのですが、
私は感覚として輪廻転生があると思います。
そして、もしもまた肉体を持つという選択があるのなら、
違う星に生まれ変わりたいものですね。
もっと進化していて、原始的な殺し合いのないところを選びたいです。
そのためのテストですか?
今回のこの人生は・・・そして何度もやり直してきた!?
何回やっても何が分かってないのでしょうかねえ。
「愛」かもしれない。
今回は「愛知」なんて姓まで与えられて、
これほどはっきりテーマを与えているではないかと、
ご先祖さまは、きっと笑っていらっしゃるでしょう。
みなさん、鋭いアイデアと知識をお持ちで、参考になります。
このトリッキーなテーマに関して、もう少し思い当たることがあります。
高い意識はアセンションするとすれば、
この三次元にもう肉体を持って生まれ変わる必要がなく、学びもないとしたら、
この三次元に今生きている人間の魂は低いものばかりということになります。
実際、そう思わずにはいられないほど、世の中は地獄化していってることは事実です。
こう考えるとアセンションした魂は、
キリストやお釈迦様など、意識が高い魂が生まれ変わって
今、もう一度この地球に生きることはないでしょう。
生まれ変わるというのであれば、アセンションとはいわないでしょう?
「キリストの生まれ変わり」という人も、「空海の生まれ変わり」という人も、
すべてウソとなります。
そして、それこそ、わたる世間は鬼ばかりになっていくでしょう?
アセンションした魂はこの次元で苦しむ私たちを救済するために、
あえてこの大変、殺伐とした地球に戻ってくるのでしょうか?
そうであれば、「生まれ変わり」とはいえない?
過去世に関する私自身について、今まで何回か、重なる面白いことがありました。
本山博先生の講演をずいぶん前に聞いたことがあるのですが、
本山先生は今の私たちぐらいの年齢層の人たちは、
第二次世界大戦で戦死した人たちの魂が戻ってきているケースが多いと、
おっしゃっていました。
お国のためという理由なんかで戦死のように突然に、
自分の意志に反する不慮の死を遂げると、その魂は即生まれ変わると、いわれていました。
私はあるとき、1951年か、2年ごろの「ライフ」という雑誌のグラビアに目を通していたのですが、
何ページかに渡って特集されていた朝鮮戦争の写真を見て、ドキッとしたことがありました。
突然、デジャブのように戦闘機に乗っている自分の姿が浮んできたのです。
これは何回も後に夢で現われ、下から攻撃されて墜落死した兵士の夢だったのです。
同じ夢を何回か見た個tがあり、
その頃でしたが、ある霊能者からこう聞かされたことがあります。
「あなたのすぐ一つ前の前世は、
朝鮮戦争で戦死したシアトルのアメリカ兵です。おそらくユダヤ系の人だったでしょう」と。
いわれてみれば、そうかもしれないです。
なぜ、シアトルと隣接した場所に当時、住んでいたのか?
私の家系図を溯ると、八幡太郎という人物に辿りつくことを何年か前に知りました。
そしてその人物と八幡宮は関係があり、
八幡は、ユダヤの失われた10部族の一つだと最近、知るようになりました。
中近東から日本にずいぶん昔に渡ってきている・・・・
こういったことが、まったくつながらないこととして考えられないのです。
私という魂は、そのようにして一つの血族から大陸をジャンプして、
さらには関係の深い別の血族を選んで、生まれ変わることを何度もやって来たかもしれません。
何のためでしょうか?
学ぶために。
では血族の何を?
しかし、こういった輪廻転生は単なる念写のような記憶であれば、
なぜ、特にそれが選ばれるのでしょうか?
いろいろ考えるのですが、
私は感覚として輪廻転生があると思います。
そして、もしもまた肉体を持つという選択があるのなら、
違う星に生まれ変わりたいものですね。
もっと進化していて、原始的な殺し合いのないところを選びたいです。
そのためのテストですか?
今回のこの人生は・・・そして何度もやり直してきた!?
何回やっても何が分かってないのでしょうかねえ。
「愛」かもしれない。
今回は「愛知」なんて姓まで与えられて、
これほどはっきりテーマを与えているではないかと、
ご先祖さまは、きっと笑っていらっしゃるでしょう。
2006年08月08日
輪廻転生はあるか?
輪廻転生はあるか?
前世の記憶を持った子供たちが生まれてくることがある。これは生まれ変わりではなく、前世の人格の胎児への念写現象である。
前世の人格と今生きている人は、DNAが違うから全くの別人である。
とこう書いてあったのです。前世療法や、カルマの法則やいろいろ知っていらっしゃるみなさんは、どう思われますか? そして、「ホログラム理論」的な捉え方からしてみても、人間の意識の記憶サイドを、ある意味でもてあます、「輪廻転生」、「過去世」といったコンセプト、いえテーマをどうあなたは捉えておられますか?
ぜひ、考えてみてください。そして何か面白いコメントがあれば教えてください。
お待ちしています。(否定なアナリズム、批判なしにお願いします。)
なぜなら信じることによって救われる神話であるならば、あったほうがいいじゃないですか。
ぜひ、一緒に考えてみてください。
私の過去世は
クレオパトラだったの、
聖徳太子だったの、
パカルボタンだったの、
レッド・クイーンだったの・・・
ええ、ただの念写?
でもこれにもまた同感できるきわめて二元論的で、
パラドックスに満ちたテーマです。
そして
その念写に映る人格と今生きている人とは、DNAが違う
・・・これにもなにか納得がいくのです。
ではイエス・キリストや、
マグダラのマリアの記憶は集合的なものとして、
我々の記憶のどこかでDNAに念写されているインプリントである。
そうであれば、それは何を意味する?
この本をもう少し読み続けて、記憶を辿るプロセスをクリアーにしたいと思います。
その本をご紹介しましょう。
2006年08月06日
ヨーガの意味と目的
ずいぶん前ですが、私の時代は沖正弘先生とか、佐保田先生のヨガの時代の日本にいた私はこの二つのヨガだけでも満足いかず、もう一つ、まったく異なるスクールにも関心を寄せていたのです。するとちょうどその頃、インドから帰国した岩切 千鶴子スタイマンというインド舞踊熱中していた友人がT.K.V.デシチャーのもとでヨガを学び、それを教えてくれることになりました。
一対一の伝統的なヨガのクラスで、私のためにアレンジされたビニャアーサナ(連続ポーズ)をあらかじめ一週間家で練習してきて、それから彼女の前でやるというクラスでした。その間、彼女は私の呼吸法を観察しながら背骨の異常などを呼吸の流れから発見し、そしてそれを矯正するための次なるチャートを用意してくれるという、とても丁寧なヨガセラピーでした。軍隊みたいなヨガではなかったのです。彼女はアーサナを教えてくれるだけではなく、授業も含めながらちゃんとヨガの知識を伝達してくれる素晴らしい先生でしたしかし残念にも十数年ほど前に彼女は他界されたといううわさを耳にしました。
千鶴子さんのヨガクラスは一対一なので、当時彼女が住んでいた嵐山の教室にはさほど生徒も通っていなかったと思うのですが、彼女は私たちにT.K.V.デシチャーの談話を翻訳し、小冊子にまとめて渡してくれました。「ヨガの本来の意味と目的」というタイトルのものです。今では黄色くなり、色あせたこの一冊をもう一度、最近、読み直してみると、ヨガに関するピュアで、すばらしいことが書いてあったので、これを訳してくださった今は亡き岩切千鶴子さんの誠意を讃えて、このままではもったいなすぎるので少し紹介します。
「ヨーガの意味と目的」
今日はみなさんとヨーガの意味と目的について、いっしょに考えてみたいと思います。
ヨーガは、ダルシャナ(darsana)と呼ばれるインド思想の一つです。ダルシャナという言葉は、「見る」という意味を持つサンスクリット語ドルス(drs)を語源にしており、「見方」とか「知ること」という意味を持つサンスクリット語ヴィド(vid)を語源としており、「私たちが知りたいと願う全てについて教えてくれるもの」という意味があります。ヴェーダを起源としたダルシャナの一つでもあるヨーガは、インドの偉大な聖者の一人とされるパタンジャリ(Patanjali)によって形式化されました。彼の編んだ古典教本が、「ヨーガ・スートラ」です。彼の「ヨーガ・スートラ」以降も多くのヨーガ教本ができましたが、今日においてもパタンジャリの業績が最も権威のあるものと見なされています。
ヨーガとは何か
ヨーガに関してはすでに多くが書かれていますので、みなさんがすでにご承知のことを私が繰り返すのはご勘弁ください。
ヨーガ(yoga)という言葉もサンスクリット語から派生したもので、ユジュ(yuj)という語を語源としています。このユジュには、二つの伝統的な意味があります。その一つは、「二つのものを合わせる。出会う。つながってゆく」という意味があります。たとえば、私はこの場所に来る前はインドのマドラスに居ました。その頃の私はみなさんがどこにどうしていらっしゃるか、まったくしりませんでした。が今私たちはこうして一緒にいますよね。こういう風に未知のもの同士だった人間やバラバラに分散していたものが一つにまとまってゆくことを、ユジュといいます。
もう一つのユジュの意味は、サマーディ(samadhi 三昧)という言葉の意味と似ていまして、「あれこれの心の動きを一つにまとめる」という意味があります。この二つのユジュの意味は表向きは異なるように思えますが、実は根本的には同じなんです。私たちがこうして一同に出会っているということが、ユジュ・ヨーガ(yuj-yoga 出会う、まとまる)という言葉で表されるヨーガの意味を表しています。
このほかにもヨーガという言葉にはたくさんの意味がありますが、中でも「以前にはできなかったことができるようになってきくこと」という意味は最も重要としてよく使われる解釈となりました。何であれ以前は不可能だった状態が可能となることがヨーガなのです。ほかにもヨーガの大切なコンセプトと「して「やっていることに心を完全に注意を払う特別な行動の仕方」という意味もあるんです。
2006年08月05日
ウォークイン
人間の肉体に融合するシャアリ
銀河連合には天使界の存在や、ことのある幾つかの宇宙からの代表たちが集まっていt、ライトブラザーフッドを全面的にサポートする目的があります。私に起きたことは、きわめて稀なことで、今日、私のように完全に魂の入れ替わることはまずありえません。しかもそのプロセスを完全に記憶しているということも稀です。さらには肉体を持った後も自分の所属している次元に自由に行き来できるウォークインは、これも珍しいことです。今私と同じようなウォークインの数は地球上で230名という限定があります。私のようなウォークインのプロセスには様々ちがいがあります。しかし、共通することは、肉体で魂の入れ替わりは起きるということです。またすべてのウォークインがETだということでもありません。彼らは多次元から多種多様の宇宙人がやってきています。
1989年の7月14日にその女性の肉体に完全に融合する許可が下されました。その女性はカナダのバンクーバー近くの小さな島であるワークショップに参加している最中でした。私が乗った小さな宇宙船はその島の南側で待機していました。とても霧の深い早朝でした。海岸近くで、私は最後の指令を待っていたのです。その女性も私と同様にこれから何が起きるか、あの事故からその時点になるとはっきりと理解していたのです。彼女のガイダンスはそのワークショップの場所から彼女が離れ、島の南のたくさん岩があるところまで歩いていくように導きました。ガイダンスたちは、それで彼女はよいのかどうか、もう一度、最後の質問をしました。彼女の決心に間違いがないことを確かめると、ガイダンスたちは彼女に岩の上に横たわり、リズミカルな呼吸を続けるようにと告げました。こうすることで、彼女の光体は肉体を抜けることができるからです。
このようなことが起きている間に、私の小型UFO近くを円周していたアシュター、トーリン、そしてアラールから最後の指示を私は受けていたのです。私のETの体は物質的性質を失い始め、それから私の魂は私の意識のすべての側面を包み込むようになっていきました。私を最初に渦で包み込んだ光のことを覚えています。その光の渦は私を持ち上げて、岩の上に横たわる人間の肉体に向かって移動しました。これと同時に非常にパワフルな一光の線が私の前を走り、UFOの中へと一瞬に去ったのが見えました。そして私はその肉体の頭の左のほうから左肩にかけた部分から侵入していきました。
そこはコンクリートのように硬く、動くことはできなかった。動きたいのに何も動かせない。すべてが重い・・・
その肉体に入るとすぐに気づいたのは、奇妙な静寂さでした。すべては今までとはまったく違うようにシフトしてしまったのです。コンクリートのように硬くて、とても重くて何も自由に動かせない体を深いトランス状態の中で感じたのです。私を無理やり起こそうとしたのはもうそこまで満ちてきている潮でした。だけどどう体を動かせばよいのか、まったく分からないのです。動かそうと体に命じたら、その体は痙攣を起こすように動き始めました。時間をかけてやっと足が動くようになりました。そんな私に気づいた周りの人々は親切にサポートしてくれました。
地球の肉体の機能は私自身が持っている電磁場エネルギーの高さとマッチできなく、とても混乱していました。痙攣はその後も頻繁に起き、話すことばの声はロボットのようにリズムのない話し方でした。声はこの肉体の持ち主のものとはまったく変わってしまい、目も殆ど正常に働きませんでした。結局、肉体が私に対して拒否反応を起こしていたのです。半年ほどかかってこの肉体は私に徐々に適合し始めました。この肉体を去った女性の魂はくらいの時間、ウエストスターの中で過ごしました。最終的には彼女の所属する大霊の元に戻っていきました。
あのとき以来、私の地球での生活が始まりました・・・
私の使命は人間と宇宙人とのコミュニケーションのギャップを埋めることです。そして可能性のあるテクノロジーを交換することにあります。さらには教育的なプログラムを通して人間に宇宙との交流の準備を進めていくことです。
銀河連合には天使界の存在や、ことのある幾つかの宇宙からの代表たちが集まっていt、ライトブラザーフッドを全面的にサポートする目的があります。私に起きたことは、きわめて稀なことで、今日、私のように完全に魂の入れ替わることはまずありえません。しかもそのプロセスを完全に記憶しているということも稀です。さらには肉体を持った後も自分の所属している次元に自由に行き来できるウォークインは、これも珍しいことです。今私と同じようなウォークインの数は地球上で230名という限定があります。私のようなウォークインのプロセスには様々ちがいがあります。しかし、共通することは、肉体で魂の入れ替わりは起きるということです。またすべてのウォークインがETだということでもありません。彼らは多次元から多種多様の宇宙人がやってきています。
1989年の7月14日にその女性の肉体に完全に融合する許可が下されました。その女性はカナダのバンクーバー近くの小さな島であるワークショップに参加している最中でした。私が乗った小さな宇宙船はその島の南側で待機していました。とても霧の深い早朝でした。海岸近くで、私は最後の指令を待っていたのです。その女性も私と同様にこれから何が起きるか、あの事故からその時点になるとはっきりと理解していたのです。彼女のガイダンスはそのワークショップの場所から彼女が離れ、島の南のたくさん岩があるところまで歩いていくように導きました。ガイダンスたちは、それで彼女はよいのかどうか、もう一度、最後の質問をしました。彼女の決心に間違いがないことを確かめると、ガイダンスたちは彼女に岩の上に横たわり、リズミカルな呼吸を続けるようにと告げました。こうすることで、彼女の光体は肉体を抜けることができるからです。
このようなことが起きている間に、私の小型UFO近くを円周していたアシュター、トーリン、そしてアラールから最後の指示を私は受けていたのです。私のETの体は物質的性質を失い始め、それから私の魂は私の意識のすべての側面を包み込むようになっていきました。私を最初に渦で包み込んだ光のことを覚えています。その光の渦は私を持ち上げて、岩の上に横たわる人間の肉体に向かって移動しました。これと同時に非常にパワフルな一光の線が私の前を走り、UFOの中へと一瞬に去ったのが見えました。そして私はその肉体の頭の左のほうから左肩にかけた部分から侵入していきました。
そこはコンクリートのように硬く、動くことはできなかった。動きたいのに何も動かせない。すべてが重い・・・
その肉体に入るとすぐに気づいたのは、奇妙な静寂さでした。すべては今までとはまったく違うようにシフトしてしまったのです。コンクリートのように硬くて、とても重くて何も自由に動かせない体を深いトランス状態の中で感じたのです。私を無理やり起こそうとしたのはもうそこまで満ちてきている潮でした。だけどどう体を動かせばよいのか、まったく分からないのです。動かそうと体に命じたら、その体は痙攣を起こすように動き始めました。時間をかけてやっと足が動くようになりました。そんな私に気づいた周りの人々は親切にサポートしてくれました。
地球の肉体の機能は私自身が持っている電磁場エネルギーの高さとマッチできなく、とても混乱していました。痙攣はその後も頻繁に起き、話すことばの声はロボットのようにリズムのない話し方でした。声はこの肉体の持ち主のものとはまったく変わってしまい、目も殆ど正常に働きませんでした。結局、肉体が私に対して拒否反応を起こしていたのです。半年ほどかかってこの肉体は私に徐々に適合し始めました。この肉体を去った女性の魂はくらいの時間、ウエストスターの中で過ごしました。最終的には彼女の所属する大霊の元に戻っていきました。
あのとき以来、私の地球での生活が始まりました・・・
私の使命は人間と宇宙人とのコミュニケーションのギャップを埋めることです。そして可能性のあるテクノロジーを交換することにあります。さらには教育的なプログラムを通して人間に宇宙との交流の準備を進めていくことです。
シャアリ
2006年08月04日
コンタクティとしてひとこと
私が特に宇宙人的なエネルギーと強くつながり始めたのはいつかというと、正確にはロンドンで19才のとき起きた臨死体験以降からでしょう。さて、ETシャアリと約一年半続いたコンタクトは一体、私の人生にどのような意味があったのか、後になってよく考えます。シャアリによって祈ることのすばらしさを私は教えられました。さらにはヒーリング・チェンバーや宇宙船など、彼らのテクノロジーについてもたくさん教わりました。なんといってもアカシック次元への旅へと何度もシャアリは一緒に導いてくれたのです。どう考えても彼女との出会いは不思議であり、また深い学びもあったという結論に達しています。そして何よりも、今という自分につないでくれた「プレアデスのかけはし」がそこにあります。
シャアリはこのブログでも以前紹介した「女神ペレ」や「ホオポノポノ」などを伝えてくれた人です。その上、ローマ字と日本語で書かれた「大国さまの祈り」まで私にくれて、異次元の存在たちとつながる方法をあれこれと教えてくれたような気がします。カナダで祝詞と唱えるエジプト系女性は今から考えても不可解な存在でしたが、ともかくシャアリに私は今でも感謝しています。
でも正直いってバーバラにしても、シャアリにしてもじかに接触しているとエネルギー調整がなかなか難しい人たちであるといえます。ワークショップを一緒にやっていると、まずテープレコーダーの電池を食い蝕まれてしまうような現象がいつも起こります。なぜにそんなに電池を喰うのか、それとも録音を避けるためか、分からないのですが、不思議な現象がいっしょにいるとよく起きることは確かです。
そして究極的には私の回路そのものがブッ切れそうになります。相手も必ず私にそう感じていたと思います・・・異星人として。自分だけ一方的ではない、宇宙人であっても、異次元の存在であっても、プレアデスの意識体であっても、夫婦であっても深く関係するようになると、エネルギー上の摩擦は異なれば異なるほど起きるからです。
そして私たちはそれを超えて理解しあうという関係でサポートしあうという条件がコンタクトにはあり、宇宙人側も地球人側も同じようにその条件は課せられてこそコンタクトはありえると、私は思うのです。そうでなければ独りよがりの空想でしかないのですから。しかし、プレアデスのエネルギーは時間が経ってもこのようにしてやっぱり、今年というこのタイミングをもって再び強く私たち人類とコンタクトを求めているのではないか、と私は現在、感じているのです。
そして、私にもう一度、過去を振り返ってみるように働きかけられているようです。それにしても宇宙の季節というものは、このブログを読んでくださっている多くのみなさんも同じような何か直感的に過去を振り返ってみるようなエネルギーを同時にキャッチしておられるのではないか、と私は思うのです。
同じ周波数のエネルギーが誰もの人生の扉をノックするのであって、ただしその解読方法は言うまでもなくそれぞれ異なるわけです。しかし共時性のつながりをたどっていけば、みんな同じ扉にたどり着くのではないかと私は思うのです。
そして「光の家族」のメンバーには、特別「お知らせ」のように情報が、空気中を伝わって伝達されているのでしょう。ただし、そのエネルギーの読み取り方はそれぞれ違うのです。私にとって1サイクル前の今に起きたことが、コイルのもう一つのラインとして2006年夏に戻ってきました。
私自身はちょうど「光の家族」の翻訳を終えて、一息というところです。そこでもっと自分をグランディングさせるために、それこそ宇宙船を飛ばす原理をしっかりと見直してみることの必要性をこのところ感じています。“Shift Focus!”
では宇宙船を飛ばすための意識フォーカスを教えてくれたシャアリが1992年コネクティングリンクというアメリカの雑誌に投稿した「わたしはシャアリ」の記事の続きをお伝えします。
新しい星への旅
Urとは違い、もっと高次元の惑星へ移住するというアイデアが私たちに提供されたのと同時に、もう一つチョイスが与えられました。それは正反対の条件の星へと移ることでした。そこはきわめて原始的な惑星であり、住民たちはやっと意識というものに目覚めようとしている段階にありました。どちらの星に行くとしても、私たちの任務には変わらぬ目的がありました。宇宙人と意識の交流が始まるという最も重要な大転換期を迎えている惑星「地球」の新たな文明の下準備を手伝うというチョイスでした。どちらの惑星の任務も同じ目的です。後方のチャンスを選べば、それは地球に行くことであり、人間の肉体を持つという条件が与えられました。そのようにしてその星に住みながら、その文化を学ぶ必要があったのです。その上、テクノロジーを学んで宇宙貿易の基盤を築くという目的もプログラムとして含まれていたのです。そして後方を選択した私たちは、まず、地球人とのコミュニケーションを学ぶ必要性に迫られました。地球での任務は30年間と決められ、その後は再びヴァイアーレスの母船に戻れるということになりました。
ウエストスターには、21世紀に地球が入ると公に遭遇や派遣が行われる計画があります。今のところミシャーは人間の男性の肉体に融合するために、人間から意識的なオファーを受けていない待機状態ですが、私は3年前に(1987年)人間の女性の肉体に融合することができました。それ以降もミシャーやウエストスターとのコンタクトは普段、問題なく取れている状態にあります。
融合・・・
私は1989年にある地球人の女性の肉体に融合しました。私が融合した肉体は30才半の女性のもので、その女性は当時コンピュータグラフィックアーティストとしての仕事をしていました。彼女はチャネリングや意識開発といったものに関心を寄せていて、仕事の合い間をみはからっては、自ら自己啓発などのワークショップも行ったりしていました。ところが1989年の1月に彼女は大きな交通事故にあいました。そしてその事故の最中に彼女は自分の人生の使命をすでに完了していることを知りました。したがってこんなケースは宇宙の法則に従って地球を去ることを事故などで告げられたことになります。しかし意識が働いていた彼女は自分の肉体を高次元の存在たちにヴィエクル(乗り物)として使って欲しいと申し立てました。自分が肉体もろとも去っていくよりも、むしろ残ってほしいと彼女は意図したのです。これからの地球を援助できる存在に提供したいと望んだのです。
このリクエストが実行されるためには完全な魂の入れ替え作業がなされる必要があります。これがその肉体の生命がしっかりと維持されているときに準備されなくてはならないのです。実のところ彼女が事故起こした6ヶ月前から彼女のガイダンスとライトブラザーフッド(天使界の存在たち)によって慎重に彼女の肉体受け渡しのプロセスは実行されてきました。その肉体を地球に残して去る彼女の意志に誠実さと固い決断があるか、どうか慎重にチェックされました。彼女のガイダンスたちと12人の銀河連合の司令官たちでこれは行われたのです。最終的にはヴァイアーレスの許可のもと、天使界の存在とET次元の存在たちと彼女の魂の入れ替わりが実行されました。
つづく
2006年08月03日
私はシャアリ
私はシャアリという名前の女の宇宙人です。私は1989年にある人間の女性の肉体と融合しました。私は銀河連合とあなた方の言葉では訳せるものの惑星司令部というあなた方と同じ宇宙に存在するある機関に所属しています。そこには様々な宇宙人と宇宙の存在たちが集まっています。私は地球時間で約750年間の生涯を通してその任務についています。私はプレアデス星人とアークトゥルス星人のハイブリッドで、二つの惑星の委員会によって生命を宿しました。ですから私には母も父もいませんが、二つの惑星の委員会が親にあたります。
私は意識の種を植えるプレアデス星人の探究心と様々異なる宇宙の文化の思考の融合を図り、癒しに導くアークトゥルス星人の性質を持ち合わせています。銀河連合にて、私はホログラフィック・ヒーラーとしての仕事をする傍ら、多次元について教える仕事もしています。多次元を旅するほかの惑星からの存在たちの意識シフトと調整をアシストする仕事です。私たちの次元において、思考は即現実となるので、どんな行動にも明瞭さと目的、そして質はきわめて重要なものとなってきます。
銀河連合の我々は光速度を超えて旅をします。つまり思考スピードによって移動します。たとえば一人のメンバ-の思考が調整されていないとすれば、目的地への経路は変化し、旅は達成されません。特にスターゲートを通過するときに思考が不調和のままでは、シップだけではなく、それに乗っている者たちもバラバラになってしまう可能性が生まれます。
私は宇宙におけるあらゆる文明に所属する者たちと接して、各々の思考パターンの違いによって生まれた異文化を興味深く観察してきました。その結果、私はアカシック次元のキーパーの元で最初は任務についていました。そこでの私の専門はホログラフィックシンボルの解読でした。それを学んでいくにしたがって、記録されたアカシックレコードのシンボルの情報を記述する知識を重ねてきました。アカシックレコードとは、魂の意識、選択、決断などすべてが含まれているかぎりなく広がる宇宙の図書館ともいえるものです。アカシックレコードの情報は、多次元を旅する者たちを調整するために利用することが殆どです。多次元の旅を始める前に、旅する者のヴィジョン、障害、目的などをアカシックレコードからまず、チェックする必要があります。
私には夫も子供もいます。夫の名前は「ミーシャ」といい、彼はアークトゥルス星人の司令官です。また優れたヒーリング能力の持ち主です。今は銀河連合の司令官としての任務についています。彼はとても背が高く。2mほどの大きな羽があります。彼の羽には様々な色、音、光の周波数があり、それらを巧みに使ってヒーリングを行います。また人間の意識をシフトさせることも可能です。宇宙船の中にいるミーシャは、ほかの司令官たちと一緒に主に集合意識体によって起きる気象変化をモニターしています。地球の気象変化に対してはとても高い周波数をもつ音を利用してバランスを図ります。
地球への招待・・・
私とミーシャがちょうどUrという惑星から戻ってきたときのことでした。Urはまだ進化の過程において未熟な生き物が存在していて、それらの意識の促進を図るために私たちは派遣されていました。その旅を終えて、太陽系内の地球近くを軌道していた私たちの宇宙母船「ウエストスター」(あなた方の言葉では)に戻りました。ウエストスターには数戦もの宇宙の代表者たちが乗り込んでいます。その殆どが宇宙人です。ウエストスターの総司令官はヴァイアーレスという名前です。彼は連合司令部の12名の代表の一人であるアシュターコマンドの指令のもとでウエストスターを任されているのです。
ウエストスターに戻るや否や、私とミーシャはヒーリングチェンバーへエスコートされました。そこで我々に新しいユニフォームが手渡されました。いつものガウンは紺と金色ですが、新しいものは銀とブルーの液体状の光で覆われていました。いつもの衣装のコーティングには我々の光体の周波数を高める作用があります。母船内で必要な周波数のレベルに即調整できるものです。しかしそのユニフォームが変わるということは任務の変化を意味します。
新しい衣装を身につけると、ウエストスターの中心部にあるアトリウム(大広間)にエスコートされました。アトリウムには何百もの中階のセクションを含む大規模なスペースとなっています。各中階のそれぞれは温室のように透き通っていて、各々の惑星の環境に合わせてセットされています。また様々の惑星からの生物が育てられていています。それぞれにはその環境に合った存在たちも暮らしています。
私たちはその中階を通り抜け、アトリウムの中央にある高い地位の司令官がいるチェンバーへ連れて行かれました。そのチェンバーには限られた者たちしか入れません。アシュター、ヴァイアーレス、トーリン、アラール、ソラーラといった幹部の面々だけしか入れないのです。彼らは私たちの周囲に集まってきました。私たちはUrに長く居すぎたことがこのイベントを引き起こしたのではないかと任務変更を覚悟していました。
しかし私たちがアラールによって伝えられたことは、発展途上のある惑星へ移り住み、その惑星とそこに住む種の進化をアシストするという、生涯またとないチャンスを提供されたのです。その任務の条件はその惑星の生態に意識的に融合することでした。つまりその星に住み着き、その文化を学ぶ必要があることも含まれていました。
つづく
2006年08月02日
アセンション
1994年のイルカボートでのPsとの対話いつものようにセッションの最後は、「誰か質問はあるかねえ」とPs。Kai がさっと手をあげて、「Ps、アセンションってなあに?」と質問した。すると彼らはこう答えた。「Kai、どこで僕はそんな言葉を耳にはさんだんだい?」
K:ママがよくいってるけど、宇宙船で連れて行かれること?
Ps:いいかい、はしごがあるだろう、そこを1段上ってごらん、
そこから見える景色と2段目を上ったあとの景色は広がる・・・そうだろう。
はしごの一番上にいくとい景色はもっと広がるだろう。
それがアセンションという意味として、我々はあなた方を理解する。
しかし、この言葉はこれからプログラミングされやすいから要注意!」
とこういう感じの答えでした。
一週間、一度だけキーウエストでボートを数時間止める以外は、ずっと家族と一緒に向き合っているかなり大変なワークとなりました。本当の自分がじっくりと海の潮に溶かされていくよなプレアデスワークです。イルカたちとPsとさらに「アトランティス」の時代に海のそこをずっと辿っていく誘導があって、何が非常にファジーな記憶ともいえるべき地球アトランティス時代→バミューダートライアングル→イルカ→Psのエネルギーは強く感じられました。イルカボートの中で吐きながら、お互い家族を見つめあいながら・・・。ボートに乗り込んだときから強烈な悲鳴とともに浄化が始まり、私なんかは最初から、えらい船に乗り込んでしまった、7日間、どうやっていくの? この狭い逃げられないスペースを最初から窮屈に感じていました。わがまま女性たちが結構いました・・・最初のうちは。でも、激しい波に打たれ、待っても待っても来ないイルカたち・・・様々なイライラと、怒りを二日ぐらいで全員がすっきり浄化できたのはさすがスピーディでした。
一番吐きまくったのはバーバラでした。二番目に表彰されたのは私です。でもチャネリングとなると、まったく別人のように背筋を立てて、Psっと回路に変身するバーバラに驚きました。
最後のセッションにて、
Ps:「ソニア、あなたの前に10日以内にプレアデスがドアから入ってきます。」
一体どういう意味?
また、また、ニューエイジのそれかい?
内心このように疑ってかかっていたのですが・・・
忘れた頃に、つまりバハマからビクトリアに戻ってて一週間くらいに
信じられないことが起きました!
ドアから
”Excuse me、My Name is Shaari.
I came to talk to you about your Akashik records
at the request of your friend, Donlee"
とピンポンとベルとともにこんなことばが聞こえてきました。実はこのときから、ETシャアリとの約一年半にわたったお付き合いがはじまりました。自らをETと呼ぶのは、彼女はあるマザーシップのコマンダーで、シャアリ・カミールというエジプト人とカナダ人の混血の肉体を数年前に譲り受けてたウォークインと、まったく疑いのない純粋な瞳でドアで自己紹介する人間はまあ、今までいませんでした。
何かまた、ドア先で売り物を買わされるのではないか、という疑いが一瞬、よぎりました。
ソニア:「っで、アカシックレコードはいくら?」
シャアリ:「ドンリーからのギフトだっていってたわよ。」
本当に友人のドンリーから私へのバースデープレゼントらしい。「まあ、中に入ってお茶でも」と、招き入れたのは、かなり大柄の白人女性で頭の毛はちじれていて、中近東の女性のような雰囲気がある。実のところその巨体を管理しているのがシャアリで、あと三人の多次元の存在たちがその体を使っているという。交通事故にあったあるカナダ人女性の体にウォークインしてから地上に暮らすようになったアークチュウル星人の父を持つプレアデス星人との混血だというさっそくの自己紹介には驚きました。
馬鹿げているというか、ニューエイジ極まりないし、でも現実では、コンタクトがさかんに起きていて、結構そらにもいっぱい現われていた時代だったので、何が起きてもありゆると、一応、彼女の世界に飛び込んでみるのも面白いでは・・・と思いました。それから彼女にいろんな場所や、かんがえたこともないようなコンセプトの数々を教えてもらうことになりました。そしてアカシックレコードにアクセスすることも・・・・。
バーバラ・マーシニアックとシャアリとの情報はまったくちがう別世界のものとすらいえるのですが、では「光の家族」の中の「地球の本」「存在の本」etc.は、まさにアカシックレコードにアクセスすることであり、これを人間が自由自在にできるようになれることをプレアデスからの存在たちは私たちに教えてくれているのではないか・・・こう思うのです。では、次回また、ETシャアリからの情報を!
「古代宇宙文明エジプトワークショップ」にて


