2007年02月28日
デメテル&ペルセポネ神話を英語アニメで楽しんでください!

英語を楽しく聞きながら「デメテル&ペルセポネ神話」が分かる面白いサイトを見つけました。まずはこのサイトを開いて、鑑賞していただくと、ややこしいギリシャ神話がストンと入ってきますし、何回も聞くと右脳的に英語が学べるので、お子さまにもお勧めです。きっとマンガも気に入ってもらえると思います。
デメテル&ペルセポネ神話のなかには、人間関係をはじめとして、自然と自分との関係性も、より一層、深く分かってくるヒントがあるとように思います。
2007年02月26日
愛の学び

きのうのブログで書いた後に、まだまだ自分へ気づきが続いています。「がけっぷちから落とされる息子」・・・このシンボルを私なりに解釈してみました。今年はイノシシ年です。実は私たちの次男のタオもイノシシ年で当年、24才になる若者です。そのまさにイノシシのタオくんががけっぷちから落ちそうになる・・・これは、昔から知られているとおり、母イノシシは鼻先でつついて、子供をがけから落とすということばと結びつきます。このことばは「勇気ある母」を象徴し、また、子供に強くなってもらいたい母の願望も表れています。今回の事件によって私が学ぶべきことは、ひとことでしっかり「子離れ」する必要があることを教えてくれています。私は遠くから見守る愛をこれからもっと成長させねばなりません。
そこで子を慕う母親の愛が現れているギリシャ神話として知られている「デメテルとペルセポネ」を次回から数回にわたってお伝えし、神話の中のさまざまなシンボルを紐解いていきたいと思っています。
2007年02月25日
ミニパニック
きのうの朝、さあブログを書こうとルンルン気分でパソコンを立ち上げた。まずは、次男の生活ぶりを覗こうと、ガールフレンドのミカちゃんのブログを開いてみた。それを読んでから数分後に私はミニパニックにおちいっていた。
先日、私がアップしたウツ関係のブログを読まれたある方から、『私は10年前の妊娠中にあることがきっかけでパニック症(自立神経症)になり1年おきに4回(決まって夏です)繰り返しました。』というコメントをいただいたので、今日はパニック症に関係したことを書きたいと思っていたところだった。なんと皮肉な共時性。
カナダで暮らす息子と彼女がもう少しでブラックアイスに車のハンドルを取られ、がけっぷちから転落しそうになった・・・考えただけでも身震いがする。しかし不幸中の幸いにもその前に玉突きに追突していた5台の車によってすべる車はストップし、命拾いしてケガもなく助かった。
守られているということにありがたく感謝して、少し安心したのだが、その後、マイルドではあるがパニック状態に陥ってしまった。体はカッと何回か熱くなる程度でおさまったが、心は完全に静けさを失っていた。
今となって振り返ってみると、きのう一日で十年間分くらいの学びがあったように思う。ひとりの母親として感情的に暴走してしまった自分自身を冷静に見つめてみることにした。いまではやっと気持ちも落ち着いたが、きのうはいろんな感情と思いが私を包み込んだ。今、冷静になって自分を振り返ってみるとやっぱりヘン! でもバラバラの場所にいる家族のメンバーたち、ひとりひとりと連絡が取れた上で、さらにはExtended Familyたち、つまり子供たちのガールフレンド、ボーイフレンドとも、コミュニケーションがとれ、慰められたことに今では感謝している。
『ソニアさーん、声聞けてうれしかった。道と共に、こんな不幸に負けずがんばるから心配しないでくださいぃ!』というメールを彼女から受け取ったので、ひと安心。
感情を取り乱している間に私の頭によぎったネガティブ思考をバラすと
1) なぜ、そこまでしてあなたたちはスノボーをしたいのか?(ここはどちらかというと怒りが優先した感情)
2) サバイバルモードをいつまで続けるつもりなのか?(これは説教じみた怒り)
3) 相性や方位は?(否定モード)
4) 別々の道を歩んではどうか?(アドバイス+マニピュレーターモード)
5) 日本に帰ってきて、私の目の届く場所で暮らしなさい。(命令、コントロールモード)
6) 勝手にしなさい!(あきらめ+疎外感+自己憐憫モード)
すべて「パワーか、フォースか」の意識のマップからするとレベル200以下ばかり・・・・子供に関するトラブルとなると、普段の意識状態は感情に完全にやられてしまう。そんな自分を省みて、自分の母親の私自身が嫌っている部分と同じネガティブパターンに自分自身がおちいっていることに気づく。母も同じような目にあったんだなあ。可愛そうにと母に対する理解と同情がこみあげた。だが、娘のマーサからは、『年とともにママもおばあちゃんと同じになってくるね』と聞きたくない一言をいわれてしまった。
娘からほかにもいわれたこと:
☆ 守られているということを信頼して恐怖を解放しなさい。
☆ ママが心配しても今、何の助けにもならない。
☆ 起きてしまったことは後戻りできない。
☆ 人を責たり、コントロールすべきじゃない。
☆ ママは若いとき私たちよりももっとクレージーだったはず。
などなど、いろいろ娘にいわれて、受話器をにぎりしめながら小さくなった私はこう思った。
娘も成長して、いいことをいってくれるけれど、でも、『あなたも子供をもったらわかるよ』と・・・つい彼女にアタリたい気持ちでいっぱいになった。しかしそこで思いとどまった自分自身を誉めてやることにした。それらの厳しいことばは、ほんとうは異次元の存在の誰かが、娘の口を通して私にアドバイスしてくれたんだなあ・・・と、素直に受け取ることにした。愛する人からいわれることばこそ、厳しくあっても自分が一番成長し、必要とすることなんだと納得し、感謝すると、だんだんとパニックはおさまってきた。
先日、私がアップしたウツ関係のブログを読まれたある方から、『私は10年前の妊娠中にあることがきっかけでパニック症(自立神経症)になり1年おきに4回(決まって夏です)繰り返しました。』というコメントをいただいたので、今日はパニック症に関係したことを書きたいと思っていたところだった。なんと皮肉な共時性。
カナダで暮らす息子と彼女がもう少しでブラックアイスに車のハンドルを取られ、がけっぷちから転落しそうになった・・・考えただけでも身震いがする。しかし不幸中の幸いにもその前に玉突きに追突していた5台の車によってすべる車はストップし、命拾いしてケガもなく助かった。
守られているということにありがたく感謝して、少し安心したのだが、その後、マイルドではあるがパニック状態に陥ってしまった。体はカッと何回か熱くなる程度でおさまったが、心は完全に静けさを失っていた。
今となって振り返ってみると、きのう一日で十年間分くらいの学びがあったように思う。ひとりの母親として感情的に暴走してしまった自分自身を冷静に見つめてみることにした。いまではやっと気持ちも落ち着いたが、きのうはいろんな感情と思いが私を包み込んだ。今、冷静になって自分を振り返ってみるとやっぱりヘン! でもバラバラの場所にいる家族のメンバーたち、ひとりひとりと連絡が取れた上で、さらにはExtended Familyたち、つまり子供たちのガールフレンド、ボーイフレンドとも、コミュニケーションがとれ、慰められたことに今では感謝している。
『ソニアさーん、声聞けてうれしかった。道と共に、こんな不幸に負けずがんばるから心配しないでくださいぃ!』というメールを彼女から受け取ったので、ひと安心。
感情を取り乱している間に私の頭によぎったネガティブ思考をバラすと
1) なぜ、そこまでしてあなたたちはスノボーをしたいのか?(ここはどちらかというと怒りが優先した感情)
2) サバイバルモードをいつまで続けるつもりなのか?(これは説教じみた怒り)
3) 相性や方位は?(否定モード)
4) 別々の道を歩んではどうか?(アドバイス+マニピュレーターモード)
5) 日本に帰ってきて、私の目の届く場所で暮らしなさい。(命令、コントロールモード)
6) 勝手にしなさい!(あきらめ+疎外感+自己憐憫モード)
すべて「パワーか、フォースか」の意識のマップからするとレベル200以下ばかり・・・・子供に関するトラブルとなると、普段の意識状態は感情に完全にやられてしまう。そんな自分を省みて、自分の母親の私自身が嫌っている部分と同じネガティブパターンに自分自身がおちいっていることに気づく。母も同じような目にあったんだなあ。可愛そうにと母に対する理解と同情がこみあげた。だが、娘のマーサからは、『年とともにママもおばあちゃんと同じになってくるね』と聞きたくない一言をいわれてしまった。
娘からほかにもいわれたこと:
☆ 守られているということを信頼して恐怖を解放しなさい。
☆ ママが心配しても今、何の助けにもならない。
☆ 起きてしまったことは後戻りできない。
☆ 人を責たり、コントロールすべきじゃない。
☆ ママは若いとき私たちよりももっとクレージーだったはず。
などなど、いろいろ娘にいわれて、受話器をにぎりしめながら小さくなった私はこう思った。
娘も成長して、いいことをいってくれるけれど、でも、『あなたも子供をもったらわかるよ』と・・・つい彼女にアタリたい気持ちでいっぱいになった。しかしそこで思いとどまった自分自身を誉めてやることにした。それらの厳しいことばは、ほんとうは異次元の存在の誰かが、娘の口を通して私にアドバイスしてくれたんだなあ・・・と、素直に受け取ることにした。愛する人からいわれることばこそ、厳しくあっても自分が一番成長し、必要とすることなんだと納得し、感謝すると、だんだんとパニックはおさまってきた。
2007年02月25日
Women Peace & Prayer Day
3/3(土)
Women Peace & Prayer Day @ OSAKA 2007.3.3 ひなまつり
場所:大阪市浪速区恵比須東3-4-36 フェスティバルゲート4F
13:00~15:00 「ホピの予言」上映と辰巳玲子さんのお話と祈りの歌
参加費:1000円+別途500円drink
15:00~17:00 「六ヶ所村ラプソディー」上映と冨田貴史さんのお話と祈りの時
参加費:1000円+別途500円drink
17:30~18:30 参加者みんなのシェアリングTIME
参加費:無料 /別途drink500円/お食事cocoひな祭り膳 600円や甘酒300円などあります!
19:30~22:00 UTAGE LIVE
all staff w/everybody
参加費:3000円(前) 3300円(当)<60名様限定です>
別途drink500円
**参加出演**
HALKO(桑名晴子) BAGUS BAND MINALU えびはらよしえさん うにゃっ2. アジット 鳴海姫子ちゃん 愛知ソニアちゃん 辰巳玲子さん 冨田貴史君 PIKALE☆ TACOちゃん
**参加協力**
cocoroom チーム69 タイムドメインチーム THAMELみかちゃん CHAKRAあっちゃん DORAGONさん PlanetFlowerりょうこさん プレム M,corpえびすさん FourConersのタグチさん天女の舞&Live
all ask : peacehouse*Hakeawa*
090-6062-3138 / mail:hakeawa369@softbank.ne.jp
Women Peace & Prayer Day @ OSAKA 2007.3.3 ひなまつり
場所:大阪市浪速区恵比須東3-4-36 フェスティバルゲート4F
13:00~15:00 「ホピの予言」上映と辰巳玲子さんのお話と祈りの歌
参加費:1000円+別途500円drink
15:00~17:00 「六ヶ所村ラプソディー」上映と冨田貴史さんのお話と祈りの時
参加費:1000円+別途500円drink
17:30~18:30 参加者みんなのシェアリングTIME
参加費:無料 /別途drink500円/お食事cocoひな祭り膳 600円や甘酒300円などあります!
19:30~22:00 UTAGE LIVE
all staff w/everybody
参加費:3000円(前) 3300円(当)<60名様限定です>
別途drink500円
**参加出演**
HALKO(桑名晴子) BAGUS BAND MINALU えびはらよしえさん うにゃっ2. アジット 鳴海姫子ちゃん 愛知ソニアちゃん 辰巳玲子さん 冨田貴史君 PIKALE☆ TACOちゃん
**参加協力**
cocoroom チーム69 タイムドメインチーム THAMELみかちゃん CHAKRAあっちゃん DORAGONさん PlanetFlowerりょうこさん プレム M,corpえびすさん FourConersのタグチさん天女の舞&Live
all ask : peacehouse*Hakeawa*
090-6062-3138 / mail:hakeawa369@softbank.ne.jp
2007年02月22日
ドリームキャッチャー
このブログで私はずいぶん、助けられている。実をいうと、幼いころから私はウツ的な傾向に悩んできた人間なんです。そもそもの原因はあまりよく分からないのですけれど、記憶を辿っていけば、まずは以前ブログでも書いたように、腸チフスの予防接種に幼児の頃に犯されてケミカル治療や、戦後生まれた子供によくあった結核菌のプラス反応を最初からもって生まれてきたため、病院で何回も注射をされ、あげくの果て小学校に入る頃には自律神経障害のための薬づけでした。ひょっとしたら、それこそインディゴの本で子供にとって害となるリタリンやサイラートが入っていたんじゃないかと思う。それを飲みだしたころから、カンシャクは起こさない子供に変わっていたと思います。
どんなことがカンシャクとなって母親に小さい頃から当たっていたかといいますと、ようするに、『この世に自分がなぜ生まれてきたかわからない・・・説明しろよ』というような態度で母を困らしていたと思います。その影で決して父という人を許せない自分がいたのです。最初からそう設定されていたんです。それで、かなり感情的にぐちゃぐちゃだった私は、ケミカル世代に最初に送り込まれたインディゴ一号タイプの人間じゃないか、なんて思うのです。
そういったケミカルの影響をあまり受けなくなった中学生ころから私は、健康には問題なく、よく太り、非常にムーディで、気まぐれで、不満が多くて、先生も歯が立たない理屈っぽいティーンエイジジャーを表面的に装っている人間と成長していきました。そのうちパターンとしてこころのダウン状態が繰り返すような状態に操られるようになりました。
結婚して、子供を産むと、こういった基本的に自己中心的な傾向は減って、どうにか、ここまで生きながらえてきて、いまではそんな傾向とは無縁であると思っていましたが、でもこの冬のすべてが凍りつく寒さの中で、そうでもないよと試されるようなことがいっぱいおきました。腹が立ったり、「なんでなの?」と、問い質したくなるような自分との戦いでした。それらはすべて自分の夢と関係していることを通して起きたのです。
ウツ的な、つまりネガティブ思考に操られていると、自分自身も感心するほど傲慢になっているのです。これこそ、ウツ的な傾向の始まりなんだと、つらいけど認識できると、またスムーズに現実は展開しだす。ネガティブとは無縁だと思っていて、お金もたくさん投資してここまで学んできたのに、なぜ振り出しにもどるような経験をするのだろう? 時間は加速しているので、自分が成長できないでいる部分に当てられるスポットライトの光は今、まばゆいほど強くなってきている。
でも、季節も影響している。冬にはいままでよくこんな感じになる。病名すらあるみたいです。でもこうしてブログを書いて、自分自身を正直にお伝えすると、きっと「そうだ、あなたも同じなんですねえ」と応えてくれる人がいるのはとても助けとなります。一緒にお互いの肩をたたける仲間がたくさんいてくれることに今日はとても感謝しています。
そんな気持ちでいると、今朝、すごいメールが入りました。 バーバラ・マーシニアックからでした!
やっと彼女とつながった! うれしいです。
Hello Sonia and John,
Thank you so much for your very kind letter! I enjoyed hearing about what you've been up to.
And, thank you for re-translating Family of Light. I'm sure you had a deep and enlightening time doing it.
The P's words and ideas certainly have a way of changing over time regarding their meaning.
という内容で始まるメールをいただきました。
すべてがつじつまがあうようになる前に、
生きることのさまざまなレッスンがあり、
それぞれの学びの中に一つずつ扉は開いていく。
その鍵は各々の中にあり、ただそれをふさぎこんでいる、
ネガティブ思考を削除していけば、おのずと雲は消え、
晴天のへきれきのような空の向こうから黄金の玉をつかんだ龍が現れる。
プレアデスのエネルギーにやっとつながった!
この今朝のような喜びに出会うために、
人生は今、私にいろんなことを同時にたくさん見せてくれているんだなあ、と思いました。
ウツ的なくもの巣のような自分のパターンを完全に超え切るために、
なんと何気ない、自分の些細な気持ちの中にウツ的傾向にすでに向かおうとしている自分の態度がたくさんあることに、私は今、いままでになく気づいています。
そういった傾向を先に意識的にキャッチすれば、どうにかその傾向に引っ掛からないでスムーズにことが運ぶような気がします。
Stickyな巣に足を突っ込まずにやっていくためには認識しかない。
だけど、自分自身はまったくそんなネガティブな傾向はないと、ふだんはつい、否定してしまいやすいです。だからなかなか、蜘蛛の巣がはってあるとは気づかないんですよね。
そんなこんなで、自分の中で今やっと新春を迎えたという感じがいましています。
すると今年の目標がなんとなく定まってきているのではないかと、今感じています。
その目標は今のところナイショ!
窓際にカナダで買ってきたドリームキャッチャーをつるして、
自分の夢を鮮明に大きく広げさせるために、
思い込みや余計なStickyなものをひっかけて通さないようにしてくれるように、
ドリームキャッチャーにお願いしました。
私って、みんなとっくにやっていることがやっていなかったりするんですよね。
さて、このドリームキャッチャーに効果はあるでしょうか?
これにしても、タロットやクリスタルなどほかのスピリチュアルツールと同じで、
オーナー次第で、強力にも、無意味にもなるでしょう。
2007年02月21日
環境意識をみんなでリコール

このおぞましい題名の本が今、ちょうど書店のならんだ頃かと思います。そこできのうアマゾンのランキングにかつてない反応が起こったことに気づきました。なんと「29位」という喜ばしいランキングに突入したことを喜んでいます。
この本のタイトルがつけられることに対して、
もし私自身が訳していなければ、
決して買わないだろうタイトルの諸々の本の部類に正直言って入る題名に驚いた。
でもそんなことはどうでもよい。
中身が大切な本だからです。
今、環境問題を私たち誰もが今までになく深刻に考えねばならない時期がやってきていることは確かです。
なにをさておいても、まずは大災害から身を守らねばならない時期がやってきています。
それは地球上のどこに住んでいても関係ありません。
いままで安全だと思われてきたまったく予想外の場所で危機は私たちの住むドアのまん前まで押し寄せ、ノックをすることさえあるのです。
なぜ、そんなことに環境はなったのか?
その原因はゴアさんがすごい勢いで世界中に警告する二酸化炭素廃止キャンペーンであろうと、太陽そのものの変化が理由であろうと、この危機を意識し、戦争なんかに力を入れている場合ではないということを互いに認識しあうことが大切だと思います。
ここで陰謀論にはまったりして横道にそれずにそれぞれが自分にできることをしたらよいと思う。
それには、地球をいたわる気持ちを地球に伝えることもできるし、エハンさんのようにすごい科学データを提供することもできる。みんなが情報を共有しあい、私たちがほんとうに今、置かれている立場をしっかりと認識することで、2012年の扉が全開するときに自分たちの意図する世界がリアルに開けてくると、私は信じています。それには確かにこの本の題名のようにおぞましい風景が目の前にあるのを無視してはならない。
そこでこのかなり科学的な内容のこの本を翻訳する自信はまったくなかったのですが、夫の頼みとあって、ここでもう一度、マリアのレッスンと自分に言聞かせ、しぶしぶこの本の翻訳作業に取り掛かった次第です。しかし、翻訳し始めて数ページもすると完全にエハンさんの世界に入っている自分に気づきました。エハンさんがまるで自分を媒体にチャネリングしているような自分にも翻訳していて気づきました。でもほかにも男性的なエネルギーのサポートがありました。感覚として感じられた目に見えない何らかの、男性的なエネルギーに援助されて、あの中身の濃い本が誕生したと思います。
そこでアマゾンのランキングはあまり意味がないように聞かされていますが、今までの私たちの本では絶対にありえなかったトップ29位というティッピング・ポイントを超えたことを、読者のみなさま方に感謝いたします。おかげさまです、ありがとうございます。
何をさておき、一番大切な環境をしっかりみつめよう!
2007年02月19日
偶然のシナリオに注意を払え!
最近になって私の現実には、シンクロニシティーがたくさん見えてきたように思う。それは最初からたくさんあり、ただ自分が今まで見えていなかったことが見えてきただけなのかなあ? とにかくその計らいが、あるものは皮肉っぽくもあり、あるものは滑稽であり、あるものは何度も現れるパターンを認識できるシンクロだったりする。何かに注意すべきというサインもシンクロで現れることがあるには間違いなく、でもまったく意味が見い出せないものもある。
実はこの現実はすべて100パーセントシンクロしているのはあたりまえで、私たちはそれが見えていないから、意味を見い出せないままこの三次元で喘いでいる。現実の意味は、まるでマトリョーシカ人形のように何層にも分かれた異なる構造になっているとしたら、自分の今の気持ちはどこにつながっているのか? 癒される必要があるのか?
それは何を通して?
シンクロの運びが意味しているのは何か? それははっきりと目の前でパイ皿をビシャリと投げつけられたように明白に理解できるメッセージなのか? プライドが傷つくようなシンクロ? ・・・「癒される必要アリ」 出会いに感謝するシンクロ? ・・・「愛が芽生える」
うーん、どちらともいえるシンクロといえるときもある。
今、私たちは小さな殻を脱ぎ捨てて、一層大きな器に自分を広げるワークを誰もが一生懸命やっていると思う・・・とはいっても、なかなか広がらないことが多々ある。
例えば何か新しいことをやってみようと決心をしたのに、止めどもなく、「やめろう」、「やめろう」というサインがシンクロとして現れる。それはただ、自分の前に立ちはばかる外されることを恐れる抵抗する古いエネルギーの仕業なのか? それとも今回の新しい夢が今までどおりの自分の器に収まるものではないないほど大きいからか? 挑戦的なエネルギーをたくさん乗り越えなければならない感じがする。
今自分がやろうとしていることが、今までの自分のキャパを乗り越えなければ、何も始まらないことは確かなようだ。だから今までの自分の限界を進んで外そうとしている自分がいる。
今回こそ、成し遂げねばならない何かがある。それはシンクロが運んできてくれる過去を思い出すような諸々の出来事を通して、自分のこれからの道をしっかりと見つめさせてくれている。それは今回こそ、一度違うやり方をトライしてみようという気にさせてくれる。シンクロは、そのチャンスを惜しみなく提供し続けてくれる宇宙からの贈り物なのかもしれない。
あせらずに一歩ずつ、それに向かって歩んでいけば必ず達成できるということを信じること・・・これが大切。無理をしないでもそれは達成できるということを、シンクロは教えてくれている。そういう風に考えると、あらゆるシンクロがバラバラではなく、一連の意味を成し、自分の次のステップに赤いカーペットをひいて迎え入れてくれるように感じる。
その微妙なシンクロの計らいに気づくためには、カタブツで硬直した今までどおりの見方では見えない。ちょうど3Dピクチャー(ステレオグラム)を見るときのように見方を変えなくては見えないようなシンクロもあるし、明確なアンサーを返してくれるシンクロもある。
実はこの現実はすべて100パーセントシンクロしているのはあたりまえで、私たちはそれが見えていないから、意味を見い出せないままこの三次元で喘いでいる。現実の意味は、まるでマトリョーシカ人形のように何層にも分かれた異なる構造になっているとしたら、自分の今の気持ちはどこにつながっているのか? 癒される必要があるのか?それは何を通して?
シンクロの運びが意味しているのは何か? それははっきりと目の前でパイ皿をビシャリと投げつけられたように明白に理解できるメッセージなのか? プライドが傷つくようなシンクロ? ・・・「癒される必要アリ」 出会いに感謝するシンクロ? ・・・「愛が芽生える」
うーん、どちらともいえるシンクロといえるときもある。
今、私たちは小さな殻を脱ぎ捨てて、一層大きな器に自分を広げるワークを誰もが一生懸命やっていると思う・・・とはいっても、なかなか広がらないことが多々ある。
例えば何か新しいことをやってみようと決心をしたのに、止めどもなく、「やめろう」、「やめろう」というサインがシンクロとして現れる。それはただ、自分の前に立ちはばかる外されることを恐れる抵抗する古いエネルギーの仕業なのか? それとも今回の新しい夢が今までどおりの自分の器に収まるものではないないほど大きいからか? 挑戦的なエネルギーをたくさん乗り越えなければならない感じがする。
今自分がやろうとしていることが、今までの自分のキャパを乗り越えなければ、何も始まらないことは確かなようだ。だから今までの自分の限界を進んで外そうとしている自分がいる。
今回こそ、成し遂げねばならない何かがある。それはシンクロが運んできてくれる過去を思い出すような諸々の出来事を通して、自分のこれからの道をしっかりと見つめさせてくれている。それは今回こそ、一度違うやり方をトライしてみようという気にさせてくれる。シンクロは、そのチャンスを惜しみなく提供し続けてくれる宇宙からの贈り物なのかもしれない。
あせらずに一歩ずつ、それに向かって歩んでいけば必ず達成できるということを信じること・・・これが大切。無理をしないでもそれは達成できるということを、シンクロは教えてくれている。そういう風に考えると、あらゆるシンクロがバラバラではなく、一連の意味を成し、自分の次のステップに赤いカーペットをひいて迎え入れてくれるように感じる。
その微妙なシンクロの計らいに気づくためには、カタブツで硬直した今までどおりの見方では見えない。ちょうど3Dピクチャー(ステレオグラム)を見るときのように見方を変えなくては見えないようなシンクロもあるし、明確なアンサーを返してくれるシンクロもある。
2007年02月16日
雪の中のゴンパ
カナダ、B.C.州ネルソンの町外れを車で十分ほどの山の中に走っていくと、黄色い旗が道の脇に立っているのが目に付いた。その旗には”Gompa”と書いてあった。
ゴンパとはチベットの僧院を意味するようだ。
「チベット」は私にとって最近、よく遭遇するキーワードなので、早速、Gompaという旗のたっている私有地に入っていった。何回かベルを鳴らしたのに、誰も出てきてくれない。そっと中に入っていくと、60才ぐらいの白人女性が出てきてくれた。その女性に案内されて中に入ると、瞑想するスペースがあった。中央には祭壇、周囲の壁にはタンカがたくさんかかっていた。

毎週日曜日にそこで瞑想会があり、誰でも参加できるというので、三日後の日曜日の朝、私とエハン、息子たちと四人で参加してみることにした。これで当分、タオには会えない。最後を瞑想でお別れするということに一同が同意して、その朝、ゴンパに向かった。
シーンと静まった雪の中のゴンパで、指示されたように自分の呼吸に意識を向けていると、私の思考はやっとストップした。何ヶ月ぶりだろう・・・ここまでの静けさを味わったのは。いつこの静けさを私は忘れたのだろうか? このように思考はまたスタートする。
ただこれを再認識するために、私はるばるこんな遠くまでやって来たのか? それでもいい、大切なことだから。
息子といっしょにこうして瞑想できるとは、まったく想像外の経験だった。何はさておき、これはすばらしい。
瞑想会は、まずチベットのお祈りとスートラを唱えた後、瞑想に入った。それからしばらくして、チーンという鐘の合図で私たちは立つと、ゆっくりとサークルを歩き、その後また瞑想に入った。それが終わるとスートラを参加者全員で一緒に唱え、瞑想会は終わった。たった十人足らずの集まりだったので、だから余計に静かだったのかもしれない。平和で静かな気持を感じさせてくれたゴンパに感謝して、その後ネルソンを去った。
ゴンパとはチベットの僧院を意味するようだ。「チベット」は私にとって最近、よく遭遇するキーワードなので、早速、Gompaという旗のたっている私有地に入っていった。何回かベルを鳴らしたのに、誰も出てきてくれない。そっと中に入っていくと、60才ぐらいの白人女性が出てきてくれた。その女性に案内されて中に入ると、瞑想するスペースがあった。中央には祭壇、周囲の壁にはタンカがたくさんかかっていた。

毎週日曜日にそこで瞑想会があり、誰でも参加できるというので、三日後の日曜日の朝、私とエハン、息子たちと四人で参加してみることにした。これで当分、タオには会えない。最後を瞑想でお別れするということに一同が同意して、その朝、ゴンパに向かった。
シーンと静まった雪の中のゴンパで、指示されたように自分の呼吸に意識を向けていると、私の思考はやっとストップした。何ヶ月ぶりだろう・・・ここまでの静けさを味わったのは。いつこの静けさを私は忘れたのだろうか? このように思考はまたスタートする。
ただこれを再認識するために、私はるばるこんな遠くまでやって来たのか? それでもいい、大切なことだから。
息子といっしょにこうして瞑想できるとは、まったく想像外の経験だった。何はさておき、これはすばらしい。
瞑想会は、まずチベットのお祈りとスートラを唱えた後、瞑想に入った。それからしばらくして、チーンという鐘の合図で私たちは立つと、ゆっくりとサークルを歩き、その後また瞑想に入った。それが終わるとスートラを参加者全員で一緒に唱え、瞑想会は終わった。たった十人足らずの集まりだったので、だから余計に静かだったのかもしれない。平和で静かな気持を感じさせてくれたゴンパに感謝して、その後ネルソンを去った。
2007年02月02日
リサイクルの女神「ヘカテ」
古典に残るギリシャ神話の背景となっている当時の古代ギリシャの社会では、女性は完全に男性の所有物であるという概念が急激に広がっていました。そうなると老いた女神であるクローンは、ますます嫌がられるようになりました。年をとって子供を産む能力もなくなり、肉体的にも魅力なく老いた女神などは必要ない。人々はどんどんクローンの存在を忘れていきました。彼女が黙って静かにしているのならなおさらです。確かにクローンの女神は黙っていることが多いのです。クローンの役目は男の神さまを産んだことですでに果たされています。ギリシャの偉大な女神がクローンとなる前に産んだ男の神さまはたくさんいますが、その中には「時間と測量」の神さまクロノスや、時間など関係なく、老いもしなく、衰退することのない永遠のパワーを発揮するいつまでも若き太陽神、アポロンがいます。そのあたりから女性や女神というと、月がシンボルとされてきましたが、はじめは、女神は皆、太陽を象徴していました。太陽の神が女神である文化をみてみると、たいてい男の神さまは月を象徴していることが多いのですが、ケルトの文化ではそうではありませんでした。ケルトでは太陽の神も、月の神も両方とも女神です。ほとんどの世界の神話に語られるように太陽と月の神さまたちを男と女に分けてしまい、異性同士にしてしまったのは単なる調和的な計らいに過ぎないのかもしれません。
ギリシャ神話の中のクローンの女神として代表的なのは、かまどの女神、へステアがいます。へステアは「聖なる炎」の守り手とされていて、神々が祭られているギリシャの多くの神殿ではもっともよく崇拝されていた女神でした。神々に捧げれるいけにえや供え物の最高の部分はまず彼女に提供されました。ヘスティアは地球中心部にあるマグマそのものの炎であると考えられていました。前回、お伝えした女神、ヘカテの起源はギリシャ時代をさらに古代エジプトまで溯るといわれています。全知全能の神、ゼウスが登場する以前から女神へカテについては語られていたので、彼女の偉大さはゼウスにも劣らなかったのです。ですから、女神の中でもいちばん認識されていた女神として、ヘカテ以外には誰もいないかもしれません。
ヘカテは、「男性からの独立」を象徴する女神です。ですから家長制度が盛んとなってくるギリシャ社会では恐れられる女神となってしまったのです。もし女性たちがヘカテを崇め、男性達から独立しようなどとなれば家長社会は成り立ちません。そういうことで最初は天界と地上、冥界といった三つの次元すべてを司る偉大な女神、ヘカテは次第に冥界だけの女神となってしまいました。つまり黄泉の国を支配する下弦の月の女神となってしまいました。そして最初は天と地、冥界をつなぐ路の守護神で、魔法や呪術、占いの神さまとして崇められていました。夜の女王とも呼ばれていたヘカテは手には松明を持ち、吠える犬を連れて、夜の世界を駆け巡る恐ろしい姿としてやがて描かれるようになります。しかし本来、ヘカテは、豊かな富と祝福をもたらす女神であったことを忘れてはなりません。
ヘカテのトーテムアニマルは、犬やヘビ、馬などですが、彼女は時として三つの頭で描かれることもあり、それぞれは人間ではなくトーテムアニマルで表されていることもあります。ヘカテの起源である古代エジプトでは、彼女は産婆さんたちの守り神で、「ヘクト」、あるいは「ヘキット」と呼ばれていました。古代エジプトのヘカテのトーテムはカエルであり、カエルは魔女とも深い関係があります。カエルはまた、約束された未来や再生を意味し、オタマジャクシは、胎児のシンボルでもあります。ヘカテを東洋の女神に置き換えると、「カリ神」だと私は思います。インドの破壊と再生の女神です。カリも元々、家長制度のヒンズー社会が生まれるまでは、三大神の一人とされていました。さて、ヘカテは生の最後と結び付けて考えられていました。そして魂が再び生まれ変わるまでの冥界の旅の道案内をしてくれる女神だと言い伝えられています。
ヘカテは冥界から蘇る再生の力を与えてくれる女神で、また私たちが経験するすべてを肥料のようにリサイクルしてくれる女神でもあるのです。年をとり、老化し、死んでいく命のプロセスの中で、また新たな生命の種を拾い上げる女神・・・それがヘカテです。女性はみんな月経のサイクルを通して、このような自然のプロセスを身を通じて感じることができます。閉経すると女性はクローンとなり、血液は叡智と変容し、内なる自己に留まります。
←「ヘカテ」ウイリアム・ブレーク 1795年中世ヨーロッパのキリスト社会では、残念にもヘカテはすっかり魔女とされてしまい、魔法を学ぶ女性の体にヘカテは乗り移るとまでいわれるようになりました。女性が弾圧される社会ではヘカテは嫌われ、恐れられ、悪者にされてしまいました。これはまさに人類の意識の冥界である無意識そのものだといえます。ヘカテは松明を手にし、きっと私たち、人類が無意識という冥界から抜け出るのを待ってくれているのかもしれません。そして、老いることの恐怖から解放されると、賢いクローン、ヘカテに導かれながら叡智をもって私たち本来のパワーを一層、発揮することができるでしょう。松明を灯してくれているヘカテのように、すべての人々のために光を灯してあげるような人生がまたそこからスタートするのではないでしょうか。


