プロフィール
愛知 ソニア
愛知 ソニア
1970年よりイタリアとイギリスに留学して芸術を専攻。
エハンと結婚後、日本で十五年間、生活しながら子育て、座禅、ヨガ、正食に励む。

後十二年間はカナダに移住し、夫と共に日本向けの精神世界情報誌、「トランスダイメンション・ヴィスタ」を発行してきた。海外ワークショップの企画や翻訳も手がけている。

以前から主に西洋の女神史に関心があり、「女神シリーズ」をヴィスタに記載する。未来学者バーバラ・M・ハバード女史をはじめとして、意識の進化をアシストする様々な女性たちにインタヴューを行ったことがある。

「パワーかフォースか」(三五館)「インディゴ・チルドレン」(ナチュラル・スピリット)、「水からの伝言Ⅱ」、「光の家族」など、数々の本を夫、エハン・デラヴィと共に翻訳する傍ら、講演活動や海外ワークショップを1993年ごろから行ってきた。カナダBC州ネルソン在を経て、2013年1月から日本に在住。



2分でわかる愛知ソニアのMAO
「ミラクルアカシックオラクル」




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イナンナから人類へメッセージ

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2006年07月31日

サイケデリック初体験

なぜかわたしのサイケデリック体験は6才のときから始まった・・・これが本当のところです。
「ええ、ウソ?」っておっしゃるかもしれませんが、本当なのです。それでまた、あんなすごい幻覚はまあ、一生みさせてはもらえないだろう、といえるほどすごかったのです。

ことの始まりは、幼稚園での「予防接種」が原因でした。昼間、幼稚園で腸チフスの予防注射を受けて、家に戻ってきた私は仲間と一生に元気よくいつものように外で遊んでいました。その時、向かい側の家に住んでいたタミちゃんが駄菓子屋にいこうといいだしました。当時初めってインスタント食品が出回り始めたところでした。チキンラーメンなどお店にいくと買えるようになったばかりの時代でした。

私は虚弱体質だったので、絶対にそんなものは買ってはいけないと母から止められていました。近所の子供たちと手のひらに5円玉を握り、スキップして町のはずれにあった駄菓子屋まで駆けつけました。そこでお向かいに住んでいたタミちゃんがみんなに得意そうに勧めたのは、今発売されたばかりの「おしるこのもと」でした。5円で買える一袋を私は家に持って帰ると、こっそりとお湯を沸かして、一服を味わったのです。そしてまた、外で待っていたみんなと一緒にいつもどおり遊んでいたのです。そのころは、子供たちは今日のような怖いお外ではなく、日が暮れて、「カラスが鳴くからカーえろ・・・」とみんなで歌うまでは、真っ暗になるぎりぎりまで外で遊んだものです。

ともかくその日の私は夜7時半ごろになって、ひどい吐き気と下痢、熱で倒れてしまいました。「ママ、ごめん、おしるこ買って、タミちゃんと食べたよお・・・お腹いたーい」ととうとうばれてしまいました。夜9時ごろには布団がしいてあった前の白いふすまをスクリーンが代わりにして、私は大きく目を見開いて座り込んだ状態となっていました。次々と流れる映像にとっぷりとはまり込んで動けなくなっていたのです。「ママ、助けて・・・ラッシーが底なし沼にはまってる!」、「ママが助けてくれないから、リンチンチンがむこうからやってきたよー」、「こんどは大変、ママあ、ふたりとも底なし沼にしずんでいくよー、どうにかして、ママ」と、こんなふうに叫んでいたのが記憶にあります。テレビより大きいふすま2枚全体に、確かカラーで映っていたように思います、白黒の時代なのに・・・。

結果として私は父の車で大阪市内の大きな病院に運ばれ、もう少しで伝染病患者として隔離されてしまうのを、どうにか母の計らいで逃れ、病院のベッドで意識を取り戻したのは一週間ほど後でした。それから私はどんどん回復していったのですが、まだ時々現われる高熱と幻覚がとれずに、そのまま病院で一ヶ月ほど経ちました。あの時、始めて私は若いお姉さんの看護婦の方からお絵かきを教えてもらったり、病院の黄色いあまり紙をふんだんに使って一ヶ月をエンジョイしたりできたのを思い出します。

でも帰宅してからも高熱と幻覚は随分続き、こんな幻覚の一コマもありました。ふとんの中で水袋を頭にのせられて仰向きになってうなずいてる私を心配した母は、お隣のおばちゃんと一緒に玄関を上がってくる会話が聞こえてきました。「どうしよう、まだあんな状態なのよ・・・」、「ちょっと、あがらしもらって、いい?」・・・このように聞こえてくる声は確かに母ととなりのおばさんなのです。しかしふすまを開けると、なんと赤鬼と青鬼ではないですか! 「きゃあ、それ以上近寄るな、あっちへいけ、助けて!」という、幼い私にとって恐ろしさ極まりない次元の扉を開いてしまったのです。

私にとって予防注射はあれ以来、とても恐ろしい経験となり、エハンが鍼灸を勉強しているときもお灸の実験台は喜んでなりましたが、針となると私はあれ以来飛び上がり、反応します。大変だったのは三人の子供の予防接種記録です。私たちのように国外に住んだり、子供たちを転校させたりするときには、この記録なしでは学校に入れないこともあるのです。なるべくなら予防接種させずに済ませたいとあれこれ、子育てで工夫したことは確かです。

私のように幼くして経験するバッドトリップだってあり得るのです。それも政府のおかげで子供がおかしくなることもあるのです。それは私のように一生続くこともあるのです。(笑) 

誰もこれに関して責める気持ちはありません。私はこの経験をする運命にあり、それも自分で選択したことにはちがいないのです。でも、なぜ、それは地獄も闇あり、鬼だったのでしょう。鬼も異次元にしっかりと住んでいて、決して人間の想像だけの世界ではないということを知るためだからです。しかし、よりもよってなぜ、私は母を鬼としてみたか・・・それは戦争時代に病院で看護婦として過ごした母が、お医者さんを神さまのように崇拝する彼女の信条に幼いながらも不信感を抱いた感情が現れて、その幻覚を引き起こしたと思います。

しかしこの時から私は、なんだ、かんだとい難しい病名をつけられ、病院通いするようになり、結果は小学校の三分の一は休んでいたのです。熱が出たり、食事が出来なかったり、ぐずぐず泣いてばかりだったり、スッキリしない状態が繰り返し訪れるようになりました。小学校一年生の時に「自律神経失調症」などと、わけの分からない診断を病院でもらって、何かこれもまた、分からない薬をもらって帰ったのです。すると母は毎日3回それを私に飲ませようと必死になったのです。今から考えると、ようするに子供ノイローゼとして診断されていたわけですから、何か精神を落ち着けさせるものではなかったのか? ひょっとしたらそれによって躁鬱のパターンが強調されたのか? このようなことを過去を振り返って思います。そのパターンは私が大人になってからもまだ続いていました。一番、苦労したのは、エハンです。でも本当に彼のおかげです。ご存知のとおり、きわめて楽観的なエハンの性格ですから本当に癒されました。

いつの間にか、欝パターンはなくなっていたのですが、私自身も大変努力しました。ヨガや生食など健康のバランスを失わないようにやってきました。でもあの時に処方されたのは一体、何の薬だったのでしょうか。「インディゴ・チルドレン」の本にも子供の精神安定剤であるリタリンとサイラートの恐ろしさが書いてありました。

何年か前のPたちのセッションでも、予防注射には謎のインプラントが同時に体の中に注入される・・・という言葉を思い出します。小さなお子さんをもっておられる親の方々にぜひ、勉強してもらいたいと思います。親が子供たちのために正しく判断できる世の中になるためには、こういったことも含めて親の常識を変えていくべきだと思います。実験台となった自分がいるからこれもいえるのでしょう。あの時のサイケデリック体験で得た大切な宝物もこれからきっと思い出すことができるでしょう。

マーサ作  


Posted by 愛知 ソニア at 12:18Comments(927)ソニア物語

2006年07月30日

プレアデス 光の家族

 今までに『プレアデス 光の家族』という本を読まれた方も大勢いらっしゃると思いますが、8月末日に太陽出版から改めて出版されることになりました。中身はもちろんのこと、カバーのデザインに至るまで、まったく新しく生まれ変わったニューバージョンであることをまずお伝えします。旧版のものはちょうど六年前に出版され、私たち夫婦が一緒に手がけた初の翻訳本となりました。今だからこそ言えるのですが、初めてにしては極めて難しい作品でした。そして今、もう一度、この『Family of Light』という素晴らしい異次元からの贈り物をじっくりと味わってみるチャンスが与えられたのです。

バーバラ・マーシニアックさん1994年バハマ「プレアデス+イルカ」ワークショップにて

 そもそもバーバラ・マーシニアックがチャネリングするプレアディアン情報を私たちが知ったのは1993年のことで、彼らの情報が不思議な共時性を現実に呼び寄せていることに私たちは気づきました。その翌年、バーバラ・マーシニアックの「プレアデス+イルカ」ワークショップに参加するため、私たち夫婦と三人の子どもたち、そして叔母のフリーダを含めた家族七人でバハマへ向かいました。ワークショップの七日間を過ごすイルカボートには、バーバラを含めて二十名あまりが集まっていました。その中にはバーバラの妹のカレンとその家族、そして本書の「謝辞」で紹介されているスーザン・ドロゴンの家族も参加していたのです。これはいったい、何の家族? 今となってみると、これも意味深い「Ps’」独特の皮肉な共時性によって本書の翻訳の仕事が私たちの前に現われたことに気づくことができました。「Ps’」ありがとう! 極めて重要なメッセージを学び、皆さんにお伝えできたことに感謝します。

「今だからこそその情報を理解できるのであり、なぜそれを以前は見過ごしていたのか、とあなたはいま不思議に感じているはずです――」という本の彼らの言葉が、二度目の翻訳を終えた今の私たちにぴったり当てはまっているのも、正直言って苦笑しています。彼らが言うように、時間というものは出発の前に到着が起こり得る無数に存在するループであり、ゴールと出発点は一つであるということを、いま痛切に感じています。とくに今という2012年までの光り輝くチャンスの窓が開いているその束の間」と彼らが強調する時代の流れにおいて、時間というものが過去も未来も同時に存在しているという時間に対 する新たなコンセプトを私たちに実感させてくれるばかりか、次元のトータル的な豊かさに私たちを気づかせてくれるのが「光の家族」の物語です。

 本書で語られている数々のメッセージが予言として的中していたことに改めて気き、彼らの言う通りの世の中にこれからますます近づいていくことを確信させられたのです。本書の内容は決して無視できない重要なメッセージであると同時に、これを翻訳する責任を実感した次第です。だからこそ勇気を持って再度、翻訳に挑戦できたのです。

 彼らは本書の中で『ダヴィンチ・コード』の内容を仄めかしています。本が出版されるずっと以前から、彼らはその本の内容を知っていたことになります。もちろん、これらの情報だけでなく、本書そのものがコードの役割をしていることに読者の皆さんもお気づきになられたことでしょう。また、誘導瞑想などのエクササイズもあり、そういう意味では極めてシャーマニスティックな学びを提供してくれる本なのです。

 今までに私たちが翻訳した本の中でも、いちばん謎めいているだけではなく、読めば永久に心に残る魅力的なこの作品に秘められたコードというべき言葉を、一つたりとも削ることなく、忠実に翻訳し、出版に漕ぎつけたことは、「光の家族」の援助なしには起きなかったといっても決して過言ではありません。
 
 しかし、いざ翻訳し直すとなると、実際に大変な作業となりました。文字通り、最初から全部やり直すプロセスとなりました。この本はプレアディアン自らが最初から最後までバーバラを通して語っているので、文章が一般的な直線的なものではなく、それこそ空の星の数ほどのピリオドから成る多次元的な文体を読み取る能力への挑戦となりました。まさに、「知性と直観の両方に価値を置くこと、つまり脳全体で考えることでシフトできる」という彼らの言葉通りの挑戦となりました。左脳だけでは理解できず、右脳を働かせなければ何のことを言っているのかさっぱり不明で、眠気さえ起こす本になり得るのです。しかし、右脳を働かせて言葉の意味をまず感覚でキャッチすれば、それこそマスタードのようにピリッと脳が刺激され、素晴らしい情報が自分のものとなるのです。本当に、多次元的な旅をしながら夢中でページをめくることもできる実に不思議な本なのです。さらには、この本の内容が真に理解できているかどうか、読んだ人の現実に面白い共時性をもたらすことでしょう。そして生きることへの今の自分の理解を、ますます拡大させてくれるのです。

 彼ら自身から「光の家族」という本について(第12章冒頭)はっきり述べられている箇所がありますので、ここに抜粋します。

 私たちはプレアデスの旅人として、また先祖としてあなた方に語りかけながら、「地球の本」を開いて、あなた方が今どのあたりにいるかをお見せしてきたのです。人類が今まさに経験しようとしている極めて重要かつ珍しい「変化」に備えて、あなた方が準備をするのをある意味でお手伝いしているのです。私たちはあなた方が「歴史の本」と呼ぶ、あなた方の歴史の一部を観察してきました。次に、あなた方の祖先が自らの人生を賭けて「地球の本」の一行一行を埋めてきた彼らのせい生の一瞬一瞬が握る重要性をあなた方に説明したのです。私たちがあなた方に運んできた本はそう簡単に読めたり、印刷されるようなものではないでしょうが、実にそのエッセンスをあなた方に運んできたわけです。その本はまさに宝物といえるものであり、それを理解するためには特定な方法で意識をフォーカスさせることが要求されます。

 まさにこの通りで、「光の家族」は簡単に読める本ではありません。しかし、2012年に向かっていくにしたがって、同時に幾つもの世界が存在できる多次元的な世界に移り住む私たちに必要な「21世紀のバイブル」とでもいうべき重要な本なのです。それは私たちの大切な未来への鍵が託されているからです。

2006年7月29日 
                     
愛知ソニア


バーバラ・マーシニアックさんと1997年「プレアデスパーティ―バリ島」



その時の参加者にバーバラ・ハンドクロウさんと彼女の夫もおられました。
  


Posted by 愛知 ソニア at 11:56Comments(22)プレアデス・メッセージ

2006年07月29日

Lammas

ケルトの夏祭り
Lammas-Lughnasadh(ラマス/ルーナサ)

「ラマス」は収穫と命のパワーをお祝いすることです。この祭りは伝統的に1ヶ月ほどの続く長いもので、8月1日をはさんで、その前の15日間と後の15日間の長い期間行われてきました。発酵(サイダーやビールなど)は発芽のエッセンスであり、ある意味で「命の炎」の水の要素を表現しています。そしてこの二つのエレメントをセレモニーで使います。

たとえば火をおこして、火のエレメントと水のエレメントを一緒に変化させることをすると、つまり火をおこして何かを煮つめるなどして、じっくりとこのまったくちがう二つのエレメントが統合しあう美しさを味わうとよいでしょう。想像を働かせて、セレモニーをぜひやってみてください。たとえばビーチなどで裸で自分自身(水)を太陽(火)のもとにさらしながら、目をつぶって輝く太陽からのメッセージを受け取る・・・これもひとつです。

伝統的にはかけていく月のときに収穫を行い、最初に刈り取った稲やフルーツはまず、アースマザーに捧げられました。今年の収穫はまだ完了したわけではないのですが、少なくとも努力はようやく現われてきたようです。そろそろ私たち自身の豊かさを認識し、今までの努力を祝うときが来ました。

イギリス南部のシルベリーヒルなどの丘の上の火をくべて、今日でもこのころに儀式をする人々が集まります。水を象徴する月が空に現われると、アースマザーが産む子供である収穫を祝うのです。このころになると、女神はいよいよ、自らを休めるために丘の土の中へと退散していきます。

ラマスのころになると、今までのエネルギーに変化が生まれます。豊かさと活力を感じながらも、ゆっくりとそれを楽しむエネルギーに変わってきます。

  


Posted by 愛知 ソニア at 13:11Comments(4)SONIA

2006年07月28日

収穫祭を祝おう!

 Lammas(第一期収穫祭)は、毎年異なる日となるのですが、たいてい8月の1日か、2日です。一年を四区切りにするとちょうど真ん中に当たります。今年のラマスは8月1日で、お月さまもちょうど半月となります。

この日はケルト、あるいはウィッカの文化においてはとても大切なお祭りです。今年もあっという間にすぎてしまい、なにも特に今年は収穫することもないなんて、思われている方は、ぜひ8月1日にセレモニーをしてください。

ちょうど臨月でお腹がはちきれそうな女神を、目を閉じて心の中にイメージしてください。もう早くお腹の赤ちゃんを外の世界に押し出したくてたまりません。そして大地と一緒にコークリエートする女神は、いちばん大切な今年一番目の収穫期を迎えた私たちにセレモニーをして祝いの準備をするように告げています。

この日を古代ヨーロッパの土着の人々は祝ったのです。そしてアメリカ大陸でも同じように「コーンゴデス」を祝ったのです。

ゴデスは満ちる命の力で膨らみあがり、熟しきりました。大地は彼女の愛の収穫を力強く世界に押し出す準備を終えました。丘の上の木の実も大きく熟して垂れ下がっています。すると向こうの畑では農家の人々が一生懸命、何か収穫している最中です。いまこそ、私たちに多くの祝福を与えてくれる女神たちに感謝するときが来たのです。

今日、世界ではいろんなことが起きています。それでもこの時代に感謝することはたくさんあります。この時代を生きる私たち、女性は今までになく多くの選択肢があることに感謝せねばなりません。

『私は文明の母であり、農業を産んでくれた女神に感謝します!』



情報が発達した現代の世界に住んでいる私たち女性は今まで決してアクセスできなかった知識を手に入れることができました。これ自体、今の女性にとってすごい豊かさを手に入れたことなのです。これを現実生活で、つい忘れがちになることはたしかです。

なぜかというと、私たちは人間としてこの地上で生きていく上で、儀式をしてその大切さを味わうという習慣が、男性的な左脳上位の社会で見失われてきたからです。女神の存在や儀式の重要性を軽視する社会を私たちは築き上げてきたからです。

自らの右脳が生む直観すらほとんどの人々がバカにするような世界を産んだのです。そして様々なアースカルチャーが地上から消えていき、各家庭のアルター(祭壇)にはテレビが置かれ、消費文明を崇拝するカルチャーと移り変わり、女神や儀式の重要性はむしばまれてきました。

しかし、私たちが古代からある伝統儀式を復活させることによって、再びアースカルチャーを蘇らせることもできます。自分の民族にも収穫祭があり、秋祭りがあるように世界の人々の伝統にも同じような祝い事が昔からあったことを知り、儀式を復活させないことには何も始まらないのです。まずは自分がセレモニーマスターであることを自覚するのです。そのためにも、ぜひこの今年第一回目の収穫祭をやってみてください。一人でやるのもよし、家族や友人たちとしっかりと儀式をしていってみると、秋の2番目の収穫祭、ハロウィーンの時期の3番目の収穫祭と、どんどん増していく収穫に忙しくなってください。

Lammasのもう一つの呼び方はHabondiaです。アルターをつくって、黄色か、金色の布をひいて、夜ならばキャンドルを灯しセレモニーをしてみましょう。そして自分の特権についてや今年の収穫について、つまり自分は何を学びえたかなどをゆっくりと考えてみるのもよいでしょう。また、今までの特権を失った世界にいる人々に愛のエネルギーを送りましょう。ガーデンで育ったトマトやきゅうりを供えるのもいいですね。そして収穫祭らしく、手づくりの料理を友だちやお世話になった人たちにふるまうのもアイデアかもしれません。ぜひ、やってみてください。

  


Posted by 愛知 ソニア at 13:58Comments(8)近代の女神たち

2006年07月23日

聖女アナンダマイ・マー(1896-1982)

1922年8月3日の夜、マーは自らのシャクティパワーに導かれて、セルフイニシエーションを自分自身に与えた。マー自らがグルの役割と両方を担いながら儀式は行われました。彼女に口からは、古代の奥義「ビジャ・マントラ」が自発的に繰り返し唱えられました。この様子を目撃した夫ボラナースと家族の者たちは大変なショックを受けました。インドのある古代文献にある細かい内容までがマーの口から発したのです。そのような知識については彼女は一度も見たことも、もちろん教わったこともなかったのです。このような出来事が何回かマーに度重なり起きたのです。そしてついにマーは自分自身がブールナ・ブラマン・ナーラーヤナ(神の生まれ変わり)であると、夫とある学者の二人に告げたのでした。そのように語るマーのきらきらと輝く光は否定できないものでした。若くて美しく、しかも神々しい女神を妻にした夫、ボラナースの驚きと喜びが伝わってくるようです。自分の妻は一体、何者かと、彼自身もきっと真剣に考えたでしょう。

マーの神聖さはこの頃、どんどん強くなってきました。しばしば神々のヴィジョンを彼女は見るようになって来ました。そして彼女は自分もまた現われてくる神々と同じエッセンスを共有する者であることを確信していきました。そしてマーは、その頃から殆ど食事を取らなく、また殆ど睡眠を取ることもなくなりました。そしてとうとう彼女は3年間の長い沈黙に入ったのです。

マーの周りにはこの愛の女神に仕える信者たちが集まってきました。少しでもマーの口に食べ物が入れば、彼らは喜ばしいと感じたのですが、彼女は時として23日間も食事も一滴の水さえ口にしないときがあったのです。伝統的にインドでは聖者の前に頭を下げて跪き、足に触れるという習慣があるのですが、彼女は誰にも頭を下げさせず、また少しでも触れさせるようなことのない時期が長く続くこともありました。あるとき信者のひとりがマーに一生懸命になって食事をとらせようとしました。それをじっと見ていたマーは突然、そこに積まれていた揚げパン70個を全部一気に平らげたあげく、大きな器に入っていた8キロのミルクを飲み干したのです。もちろん、これは偏食なんかではありません。霊性が高まれば食事など取らなくてもよいし、またいくら食べても害にはならないということを彼女は示したのです。

アナンダマイ・マーが大勢の人々の注目を集め始めたのは、1925年に「黒い女神の祭り」というカリ神への奉養祭のときでした。人々はカリ神の像を飾り、お香を塗って祝うのです。しかし、マーは何を気にすることもなく、自分の頭に飾りをつけて、白檀のペーストを自分自身の体に塗って登場しました。その時彼女のオーラは輝きを一層増し、そこにいた誰もがマーにうっとりと魔法をかけられたように恍惚状態にさせられたということです。もちろん、マーの美しさは普段から誰も否定できないほど特別でした。背はすんなり高く、しっかりとした骨格を持つ彼女の顔の輪郭ははっきりとしており、唇は情熱的に厚く、大きな輝く瞳と腰まであろうか、長い黒髪がまた極めて魅力的でした。モナリザのように微かに微笑む彼女の笑顔は誰をも虜にしました。そんなマーのところに大勢の人々がヒーリングを受けに、遠方からもやってきました。そして彼らの多くが彼女から治療を受けたのですが、中には彼女がその人に対して、「あなたは理由があって病気になっているのですから癒すことはできません」と、きっぱり断られた人たちもいました。さらに彼女は彼等に神への気づきを追求するようにとアドバイスしました。

マーの人生でもっとも興味深く、また重要なこととは、彼女が自らの内なるガイダンスであるケラーヤ(神の意志)に忠実に従ったことです。ヒーリングを誰にして、誰には施さないか、すべてこのケラーヤにマーは従った結果です。彼女の話を聞こうと夜、人々が集まってきました。しかし彼女は彼らを置き去りにして、突然、衝動に駆られたかのように汽車に乗って消えてしまうことも何度もありました。これは決して気取った態度などではなく、人々が彼女に頼ってしまうことを避けるための、これもケラーヤに従う行動だったのです。そして不思議なことに彼女の行く先々ではもっと自分を必要とする人々が待ち受けていたのでした。

マーは弟子たちには、彼女の高い霊性によって、同時に数箇所に偏在できるパワーを使って安心させました。「私はどこにも行きません。私はいつも同じところにいます。なのになぜ、あなたは私を避けるのですか? 私は常にあなたとともにあります。あなたのすること、そしてできないこと・・・私はしっかり見ているのです。」とこう彼女は告げました。

ありのままの自分に気づくということは、マーのような輝く人間に私たちは誰もがなれるということで、それに100パーセント気づけば、マーのように至福に満ちた一瞬、一瞬を送れるのではないでしょうか。  


Posted by 愛知 ソニア at 19:12Comments(13)近代の女神たち

2006年07月21日

至福の母 アナンダマイ・マー

至福の母アナンダマイ・マー(1896-1982)

このブログの最初にもお伝えしたように、十年ほど前に私は「女神たちのパッチワーク」と言うテーマで日本国内を講演して周ったことがあります。その講演にて毎回欠かさずお話させていただいたのがこれからお話するアナンダマイ・マーです。

アナンダマイ・マーは、インドの聖者といわれている人たちの中でも一番人々に今日も愛されている女性です。グルの中のグルとも彼女はいわれています。

あるとき彼女は西洋社会に大きな影響を与えた聖者、パラマハンサ・ヨガナンダ(1893-1952)に、「あなたの人生について何かお話ください」と尋ねられました。すると彼女はこのように答えました。

「少ししか話すことはありません。私の意識は一度もこの仮の肉体と結びついたことはありません。この地球に私が辿りついた以前からずっとまったく同じです。女として成長しても同じです。私の家族によってこの肉体は結婚させられましたが、しかし私は同じです。こうしてあなたの前にいる私もまったく変わらない私です。永遠というホールで創造のダンスが変わってしまう時も、きっと私は同じはずです。」とこう述べました。

インドの東ベンガル地方(今のバングラディッシュ)に1896年4月30日に生まれたアナンダマイ・マーは、はっきりと自分の誕生時の記憶が後にも薄れずに残っていました。マーは厳粛なブラフマンの家庭の次女として生まれました。彼女の母親はマーが生まれるまでに夢の中に何度も神や女神が連続的に現われたといいます。この世に生まれたマーは最初から産声を上げることもなく、幼い頃からも一度も泣くことはなく、常に死ぬまで平和の表情をみせ続けたのです。そのようなマーの特殊な子供としての様子はよく知られていて、彼女は幼い頃、特に動物を愛し、それがゆえに肉や魚など一切口にしなかったといわれています。

マーはこれといった教育を受けてはいなく、小学校には2年も通っていません。インドのブラフマンのしきたりに沿って彼女は家族の望むとおり、早くして13才の時に、いいなずけのいとこのボラナースと結婚しました。彼は仕事で旅することが多かったので、マーは結婚式を済ませた後、一年間は実家で自分の家族と一緒に暮らしました。その後の4年間は、夫の姉夫婦と一緒に暮らしました。働き者でいつも朗らかなマーは、夫の家族からとても愛されました。しかし彼女は時々、仕事をしている途中にトランス状態に入ってしまうことがあり、家族たちは、それはマーが働きすぎて疲れているので眠気がさしたと思っていたのです。

マーはこのように生涯を通して、突然トランス状態に入ることがよくあったのです。しかしそれは、本当は周囲の人々の愛によって許されていた至福の女神の深い側面だったのです。突然、神でも乗り移ったかのようにサマーディ(恍惚)状態に入ることがよくありました。

1914年、18才になったマーは夫のボラナースと一緒に暮らすことになりました。しかしまったく肉体関係のない結婚でした。なぜかというと、ボラナースが一度、彼女に触れてみようとしたとき、彼女の体から強い電気のようなエネルギーを受け、ショックで倒れてしまったことがあったのです。彼はまだその時が熟していないと解釈しました。二人が住んでいたのは大家族で、ボラナースの兄弟たちはマーを「聖なる母」として、つまり聖者としてみるようになっていきました。夫の友人たちもマーがあの不思議なサマーディに入るのを何度も見ていたのです。

ある日、キルタナ(聖歌を歌う会)に出席したマーを見た人たちの中には、彼女が女神ドゥルガ(インドのカリ神と共によく知られている女神)に見えたという人たちもいました。何かの霊がマーに乗り移っているのではないかという噂が広がりました。

マーはこれといった教育も受けたことはなく、特別グルについて教わったわけでもありません。もちろんヨガの経典や古文献など何もまったく読んだこともないのですが、突然、様々なヨガの難しいポーズを始めたりして、自発的に体が動いてしまうのです。何年も修行をした人しかできないポーズを何時間も続けて止まないこともありました。そして彼女の口からは一度も聞いたこともないようなマントラが発せられ、繰り返し彼女はそれを唱えることもありました。

しかしマーにとってはこのような行為は、自分にとってあまり意味がないと知っていました。そしてマーはこのエネルギーの源について自分自身に質問したのです。すると『それはあなた自らのシャクティである』という答えが返ってきたのです。シャクティとは神聖な内なるパワーを意味します。この答えを得てマーは自らが宇宙と一つである統合に目覚めました。

マーの不思議な表現を周囲の人たちはひょっとしたら悪霊が憑いているのではないかという疑いをつのらせ、とうとう祈祷師たちが次々とマーの家を訪ねてきたのです。そして祈祷が始る度に決まって祈祷師は自分たちの体に強烈な痛みを感じたのです。その痛みはマーには悪霊などまったく憑いていないと彼らが分かるまで続きました。結局彼らはマーには悪霊どころか、神聖なパワーが働きかけていることに気づかされたのでした。

つづく


  


Posted by 愛知 ソニア at 13:46Comments(4)近代の女神たち

2006年07月19日

レムリアの女神“ウリ”

左は友人のマーチン・シャダレーさんの緑大理石の彫刻「レムリアの女神ウリ」です。ペレの母というか、カフナの一番根源の女神「ウリ」がいます。

カフナとはシャーマニズムとハワイのヒーラーを意味します。彼らは深い内なる知識であるフナの守り手です。
古代のハワイの伝統によりますと、カフナは霊と“Aloha”のバイブレーションによってヒーリングを行い、また教えたといわれています。“Aloha”のバイブレーションとは、愛のスピリットの表現であり、「アロハ」のコンセプトとは、霊の存在と共にあることです。日本の「いろは」とまったく関係ないのか、どうか微妙ですね。それはともかく、カフナの教えの目的は私たち、各々の人間が真実に目覚めることにあります。

カフナの智慧は非常に古くからあるもので、あの失われた太平洋の大陸レムリアの教えを直接受け継いでいるといわれています。ムー大陸としても知られています。レムリア時代の人々はスピリチュアルで神秘的な生き方をしていました。彼らはポジティブな知識のたった一つの源は、コスミック・マインドであるということが分かっていたのです。

彼らはその知識を得るために神聖なるコスミック・マインドに繋がるために内なる世界に入っていき、よく瞑想したということです。そして自分自身はコスミック・マインドの現われであると理解していました。彼らはその源に直接コネクトできたのです。彼らはテレパシーなどのマインドパワーに目覚め簡単に多次元を旅することもできたようです。

レムリアの教えは調和がとれた純粋な教えであり、神/女神の存在を彼らは尊んでいました。そのレムリア時代の古代の母なる女神は、愛しい「ウリ」として知られていました。古代のハワイの神殿において彼女は最も重要なポストにおかれ、あらゆる神/女神の母であるとされました。ウリは私たち人間のスピリチュアル性における崇高な母であり、創造性を司る女神です。ウリは父なる神、キアヴェの妻であり、この二人によって調和が生まれるといわれています。

ウリは自ら自身から生まれたといわれていて、彼女自身が創造のお手本をみせたのです。彼女は私たちが望みどおりのものを創造できるように手を差し伸べてくれます。彼女は太陽のエネルギーの女性的な力である光と命そのものなのです。キアヴェの息から水を誕生させたのもウリだといわれています。フナの教えではこの母なる女神によってすべての人間は祝福されるのです。古代の女神ウリは「平和の女神」としても知られていて、レムリアの素晴らしく平和な時代を今、私たちに思い出させてくれます。

フナの教えには様々なシンボルもあります。ちなみに女神ウリのシンボルとして二つあげられます。

Uli-Nana-PonoとUli-Nana-Hewaです。シンボルに意識を集中させると、平和で穏やかな気分になれるそうです。






ほかにもハワイの伝統シンボルがあります。









上左から三つ目の輪は意識を集中させると秘密が解けるといいます。

  


Posted by 愛知 ソニア at 19:30Comments(1405)世界の女神

2006年07月16日

浄化の祈り(ハワイ伝統)

ハワイの神秘的な伝統フナに伝わるパワフルな浄化の祈りをお伝えします。これを、声を出して読み上げることで、あらゆることが浄化できます。ハワイの言葉から英語に訳されたものを和訳しました。神聖なる存在との対話から始まるとてもユニークな祈りであり、浄化すべきことすべてが含まれていて、問題解決に抜群効果がある祈りです。

FOUNDATION OF I

1.The Inner Connection

神聖なる創造主、父、母、そして子が一体となります。私が太古の昔から今日に至るまで、重ねてまいりました思考、ことば、行為における過ちをお許しいただけないでしょうか。

今日はあなたの神聖なる母として、あなたのすべての過ち、恐怖、恨み、不安、自責の念、不満を私は許しましょう。

ここに来て私の手を取り、偉大なる神聖な父、AUMAKUA(アウマクア)に、私たちと交わり、手を取っていただけるようにお願いいたしましょう。そうすれば私とあなたという2のユニットが3のユニットとなり、それが一体化されます。

すると私からあなたに愛が流れ込み、そしてその愛が父に伝わるようにしましょう。創造主が私たちを「神聖なる愛の輪」で囲んでくださいますように。

2. For I am peace

あなたの心の感情から「硬い鉄」を解放すために、恐怖に対してもっと優しく、愛と理解をもって扱うべきことをここでも私は強く忠告します。

優しくそれを行いなさい。恐怖に命じるのではなく、その解放がUNIHIPILI(ウニヒピリ・潜在意識)にまで届くには、時には無力にさえ感じられるほどの忍耐力のいるプロセスなのです。あなた方の中には感情を重んじて生きる人たちよりも、理性の勝った人たちが多く、そういう人々には特に必要とするプロセスなのです。

あなたは今、すべてを委ねるセンセーションに包まれようとしています。それがしっかりと感じられるなら宣言してください。
“I AM A CHILD OF GOD”

神聖なる愛と知性が私の中に浸透し、それが表現されますように。さらには個と宇宙との調和、完璧な思考、完璧な関係性が見出せますように。そして適切なタイミングに適切な状況が訪れますように。

私に今もこれからも、自己の成長、成功、幸福が適切な時と場をもって与えられますように。そして、この人生を通して自分と他のために最高の能力が使えますように。

神聖なる創造主を完全に受け入れて常に信頼し、謙虚な気持ちを保ち続けますので、私に適切な条件と関係性が訪れますように。さらには未来を築いていくためにポジティブな思考が訪れますように。神聖なる父と命あるすべてが一つとなりますように。私のアルファとオメガも一つとなり、そして永遠に私を支えてくれる「人生のうるおい」を私は受け取るに値します。

“For I am peace”

3.呼吸(7回深呼吸をする)

私の精神、骨、筋肉、呼吸器系、循環器系、オーラ・システムなどすべてが健康でいられるように神の英知が働きかけることを願います。不調和な部分はすべて正され、より多くの豊かさと健康が訪れますように。

4.オープニングの祈り 

“I am The I”

私は無から光に生まれ
私は生命を潤す呼吸です
私はあらゆる意識を超越した空なる存在です
“The I, The Id, The All”
私は海に虹の矢を射る
尽きることのない思考
私は入っては出て行く息です
目には見えず、触れることもできない
言葉で表現することすらできない原子の創造

“I AM THE I”

5.悔い改める祈り

神聖なる創造主、父、母、そして子が一体となります。もし私/私たち(自分の名前を言う)が、そして私たちの家族、親戚、祖先たちが、人類の誕生から今まで、我々自身の思考や言葉、行為であなたを傷つけたのなら、どうかお許しくださいませ。
時間が存在し始めた時点から今まで私たちが生み出し、受け入れ続けてきたすべてのネガティブなエネルギーや不必要なエネルギー、バイブレーションを浄化し、それらを清め、切り離します。それらのネガティブなエネルギーとバイブレーションを清い光に変えました。そして私たちは自由となりました。

“And it is done!” (完了しました!)

6.組み合わされた Ho’oponopono (ホ‘オポノポノ)

神聖なる創造主、父、母、子が一体となります。私/私たち(自分の名前を言う)は、自分の家族、親戚、祖先たち、ガイダンス(天使や守護神などの名を挙げる)や一緒に祈りをしたい人などの名を挙げると、その家族、親戚、祖先たちと共に、またその者たちが創造された時点から今までの思考、言葉、行為と共にHo’oponoponoをしたいと願っています。

慎ましくなり、ここでお願いいたします。私たちが犯したすべての過ち、恐怖、恨み、自責の念、怒り、暴力をお許しくださいませ。

私と血縁関係にある母、父、祖母、祖父、大祖母、大祖父、そして私たちのすべての祖先たちを交えて、Ho’oponoponoを行います。私たちの家族や祖先に渡るすべての中絶と流産、その時に関係した者たち、医者、看護婦、産婆、病院などの機関に関わる人々と場所も含めます。

浄化され、清められ、すべてのネガティブで苦しく、辛い思いと滞ったエネルギーを光に変えます。

次に挙げる人々、又はその人の周辺の物質に浮ばれない迷える魂やネガティブなバイブレーションがあるのなら、ただ謙虚に許しを得ることを(      )に代わってお祈りします。そしてそれらが浄化され、清められて光の道を歩むことを祈ります。

もはやそれらは迷う魂ではありません。私たちは彼らを解放し、彼らも私たちを解放し、光の道を歩み出しました。

もしも私の魂が宇宙の四つのコーナーのどこかを漂っているとしたならば、すぐにこの肉体に戻ってくることを命じます。もし、ネガティブなエンティティーが私の周囲である上、又は下の方にいるのならば、去るように命じます。私がそれらに対して気を害するようなことをしたのであれば、私は素直に謝り、心から詫びます。それらが浄化され、清められ、光の道へと放たれることを願います。そして、私の魂が再び自分の肉体に戻るように、私はAUMAKUA(アウマクア)に助けを求めます。またアウマクアによって私自身が守られ、導かれますように。私は自由となりました。

“And it is done!” (完了しました!)

7. 解放 8.浄化 9.超越

私/私たちのこだわりすべてのAKA CORDS(アカコード)を切断します。次に挙げる色の光で、私の頭からつま先まですっかり包み込みます。
ピンク、紫、濃いブルー、エメラルドグリーン、水色、金、そして白い光
(各々の色の光をイメージして、両手を頭の上方で交差させて、切るように振り落とすことを七回ずつ行います。)

ネガティブなバイブレーションをすべて純粋な光に変えたことを、神聖なる存在たちに確認してもらいましょう。

調和、愛、知性、秩序、完璧で正しい関係性と思考、豊かさの源とエネルギーが持続するように、神聖なる英知によって導かれることを祈ります。

そして私たちが金の輪で囲まれるようにお願いします。私たちは自由となり、そして完了しました!

“We are set free and it is done!”

10.終了の祈り
“ Peace of I”

私のすべての平和があなたと共にあり、
私という平和、私こそ平和そのものです
常なる平和、今も、そして永遠に尽きることのない平和
あなたに捧げる私の平和
あなたに残す私の平和
それは世界平和という大それたものではなく
単なる私の平和
しかし私は平和そのものです

11.呼吸

12.承認

神聖なる創造主、すべて存在する宇宙の神聖なる力、鉱物の世界、植物の世界の神聖なる力、そして純粋な光の道へと導かれたすべてのAUMAKUA、UHANES、UNIHIPILIを私は認めます。命あるものも、命を宿してないもの、たとえば貨幣などあらゆる形の通貨、書類、手紙、装置などの物質や、言葉に発する声、思考、行為なども含めて、それから顕微鏡でしか見えない細菌、ホコリ、細胞まで、すべてがHo’oponoponoのプロセスに含められますように!
私たちは自由となり、そして完了しました!

“We are set free and it is done!”  


Posted by 愛知 ソニア at 11:17Comments(1868)オラクル

2006年07月12日

ペレの悲惨な恋の物語

眠っているときにペレの魂はハワイ諸島のあちこちを旅します。時によると一ヶ月以上も肉体は眠り続けたままでペレのスピリットは様々な姿に変身し、いろんなことを経験するのです。あるときペレは、結婚相手を見つけてくると妹たちに告げて、九日間の眠りに入りました。眠りについたペレの枕元にやさしい妹のヒイアカは香りのよい花をおいて、じっと眠りから戻る姉を待っていたのです。ペレの魂は若くて美しい娘に変身し、あちこちを飛び回っていると、カウアイ島の北の方からかすかにドラムの音が聞こえてきました。その音を頼りにペレは飛んでいきました。するとそこにはハンサムな若きチーフ、“Lohiau”が仲間たちと祭りを楽しんでいたのです。そんなロヒアウにペレは一目惚れし、最高の衣装を身に着けた美しいペレは霧の中から彼の前に現われたのです。しかしハンサムなロヒアウには結婚候補が何人かいて、中でも竜との半神であったキリノエは、ロヒアウにぞっこん惚れてこんでいて、彼のそばを離れなかったのです。

そんなことはお構いなくロヒアウにモーションをかけるペレ。よそ者のペレとキリノエとの女同士の戦いが始まり、その間、カウアイ島は悪天候にみまわれた、という伝説が残っています。しかし、ペレが相手ではキリノエも退散するしかありません。必死の思いでとうとうロヒアウのハートを射止めたペレは、彼と一緒に熱い恋の日々を数日間過ごすのですが、あっという間に9日間が過ぎ、ペレは眠る自分の肉体に戻らなければならなかったのです。ペレが戻ってくるように祈るヒイアカのチャンティングが微かにペレには聞こえてきました。そこでペレはロヒアウに、「私はいったん戻らなければならないのですが、あなたを迎えに必ず妹をよこします。」というと、消えてしまいました。

自分の肉体に戻ったペレはヒイアカにロヒアウを連れてきて欲しいと頼みます。ほかの妹たちはみんな、そんなペレの願い事を断りました。なぜなら、恐ろしい火山の神である姉のことですから、おちおち引き受けると何があるかわりません。怖気づいて断るのも無理はないのです。ペレが去った後、カウアイ島に再び静けさが戻りました。天候を変えてしまうくらい強烈なペレと一緒になるロヒアウは、本当に幸せな結婚が望めるのでしょうか。ともかく、ヒイアカはペレに40日間欲しいといって、ロヒアウを呼び戻す旅に即出発したのです。これは長くて危険がいっぱい待っている旅です。ロヒアウが住むカウアイ島までは、その地、その地を治める邪神が住んでいて、あらゆる挑戦を受けたヒイアカはやっとのことでカウアイ島に到着するのですが、残念なことにロヒアウは死んでいたのです。そして彼の亡骸は洞窟な中に納められ、ペレとの戦いに負けたあのキリノエがじっと見守っていたのです。キリノエはロヒアウの魂を抜いて自分のものにしていたのです。ヒイアカは竜からロヒアウの魂を取り戻し、必死で太陽に祈り、やっとのことでロヒアウをよみがえらせ、回復させます。

そんな献身的なヒイアカに蘇ったロヒアウは恋をし、二人は結ばれました。しかしそれを知ったペレの嫉妬は凄まじいものでした。約束の40日間もとっくに過ぎています。怒り狂ったペレは噴火し、ロヒアウを溶岩に変えてしまったのです。ここで再び彼は死んでしまいました。まだロマンスが始まったばかりのヒイアカも黙って引っ込んではいませんでした。自ら噴火し、ペレを驚かせたのです。そこで真剣な妹の愛に目覚めたペレは、自分の過ちを認め、ロヒアウの魂を探し、さ迷うのです。やっとのことで魂を見つけて、再びロヒアウは生き返り、本当の死が訪れるまでヒイアカと一緒にカウアイ島で幸せに暮らした・・・これが果かなき美女の女神ペレの神話の一つです。女神が相手では、人間の男もひとたまりもないですね。

ドロドロした溶岩のような神話があるからこそ、すごくパワフルな浄化の祈りもハワイの伝統にはあります。何年か前に教えてもらった古くから伝わる、でも今でも唱えると非常に強いパワーのある浄化の祈りをお伝えします。浄化したいときにこれを唱えるとすごい!  


Posted by 愛知 ソニア at 11:51Comments(171)世界の女神

2006年07月09日

ガイアの木







写真はカナダに住む娘マーサの最近のステンドグラスの作品、「ガイアの木」と「海の女神、オシアネス」です。もう一つ、昨夜彼女から誰かが作った素晴らしいスライドショーがファイルで送られてきました。パワーポイントなので、見れない方は残念ですが、美しい写真とメッセージが綴られたものなので、ぜひ開いてみてください。”Woman"というタイトルです。娘の友人のシャイラから送られてきたらしいです。  


Posted by 愛知 ソニア at 10:39Comments(31)ダイアリー